このお話を読むためには、まず、イスラエル×パレスチナで起きていることを知らなければなりません。
実をいうと私自身紛争が続いていることはニュースで知っていましたが、こういう本に出会うまで、結局原因がなんなのか、なぜそんなにも近隣の民族同士が争うわなくてはいけないのか?(しかも根っこは同じ民族同士である可能性があるのに)正直分かりませんでしたし、知ろうともしませんでした。
「知らない」ということは罪なのだと過去の偉人哲学者のソクラテスもいっていましたが、まさにその通りだとこの本を読んだ後、つくづく思いました。
ストーリー自体は実際起きたことを国際的な医療ボランティアをされている日本の医師::鎌田實氏が書いている児童書で、
とても簡潔で分かり易く描かれています。
決して難しいことなど一つもないのですが、
こういうことを「知らなかった」自分が情けないなぁと、思いました。
さて、お話はイスラエル×パレスチナの紛争地域でアハメド君というパレスチナ人の12歳の少年が買い物に出た街中で、イスラエル兵に頭を撃たれたことから始まります。
脳死してしまったアハメド君ですが、幸い臓器は問題ありませんでした。そこで、アハメド君のお父さんは治療した医師団から、《臓器提供》の説明を受けます。
「提供する側が移植相手を選ぶことはできません。
国籍も、民族も、宗教も選べない。
パレスチナ人かもしれないが、イスラエル人かもしれない。イスラム教徒ではなくキリスト教徒やユダヤ教徒かもしれない。」
実際のところ、本当にこういう言い方をしたかはわかりませんが、その説明にお父さんは納得し、悩んだ末、「息子の臓器意を使ってくれ」と返答するのです。
同じ子どもを持つ親として、目の前に自分の子どもが死んでいるのに、その子の臓器を取り出すなんて、それで誰かが救えると頭で分かっていても、なかなか「Yes」と、言えるものではないと思いました。
このお父さんには頭が下がります。
その後、この本の著者鎌田医師がアハメド君のお父さんを訪ねたことで、お父さんはアハメド君の心臓をもらって元気になったイスラエルの小さな村の女の子に会いに行くことができました。
女の子の家族や村はイスラムでも少数派らしく、村をあげてアハメド君に感謝をしているそうです。
このあたりのシーンはほんとにジーンとくるものがありました。
ぜひぜひ、いろんな人たちに読んでもらいたい1冊です。
特に国際社会や医療に興味のある子どもたちにはお薦めです。