上方落語の巨匠 桂米朝の 大傑作と言われるこの“地獄八景亡者戯”は 鳴り物入りの賑やかな咄です。
落語では冒頭は サバにあたった喜八と言う男が三途の川の渡し場に向かって歩いているところから始まります。
この絵本では後に出てくる4人組のひとり軽業師を「そうべい」と名を変えて主人公に設えています。
子供向けの絵本ですから原作に忠実ではありませんが 初っぱなから聞き覚えのある文句に引き込まれます。
手には おがらのつえをもち
糸よりほそい声をあげ
おおおおい
ここで「ああ!聞いたことがある!」と思われる方も多いのではないでしょうか。
このような「決めセリフ」や名場面が随所に散りばめられ 原作と遠からずものとするのに一役買っています。
落語では 情景や背景 心情や表情など ほとんど道具を使わずに人の声と動作で表現しますね。
絵本は最小限の文章で後はみんな絵が表すことになるのですが
この田島征彦さんの挿し絵は 軽妙洒脱な庶民の継承する“地獄”が実に上手く表現されていると思うのです。
地獄草紙などで見る地獄絵はとても恐ろしく 因果応報を示すものとして伝えられています。
火の車や 閻魔大王 針の山や葬頭河婆(しょおづかのばば) 浄玻璃の鏡・・・
これらの責め苦も死者の待遇も「地獄の沙汰も金しだい」と笑い飛ばしてしまおうというのが“地獄八景亡者戯”です。
絵本では 浄玻璃の鏡の前で 死者が地獄に落ちるか極楽へ行くか閻魔大王の裁きを受ける場面で表されています。
生きる手段としてのほんのささやかな“悪徳”を 閻魔大王の気まぐれで地獄行きのパスポートにされてしまった4人。
勧善懲悪であるはずの世の中でも 必ずしも権威のある者が正しいことをしているとは限らない・・・
落語では終盤に展開されるスラップスティックなどたばた劇を 絵本では物語の中心にして 権威の失墜をおもしろ可笑しく痛快に表現していきます。
4人はそれぞれの持つ特性を武器に 次々と与えられる地獄の責め苦をクリアしていきます。
こうしたロールプレイング的なゲーム感覚が 現代の子どもに受けるのかもしれません。
いえ むしろ人気のゲームソフトのモチーフこそ“地獄八景亡者戯”のこの場面ではないかと 密かに思っています。
閻魔大王の歌舞伎口調を するりするりとかわしていく軽妙な関西弁・・・言語の持つ妙も面白みがあります。
そして この絵本が子どもに人気のある最大の理由は 排泄物や生理的現象をおおっぴらに表現しているところでしょう。
本来タブー視される言葉をこともなげに使う 何が可笑しいンだと言われればそれまでですが、読んでみると本当に可笑しい。
人呑鬼(じんどんき)の腹の中で 地獄の道連れのひとりである医者の指示通りにさまざまな臓器に悪さを仕掛け おならとくしゃみと腹痛をいっぺんに起こさせ 更にくすぐり笑わせるところは いかにも子どもが喜びそうな場面です。
原作の落語では 主題である“地獄の沙汰も金しだい”をモチーフに 政治 宗教 医療問題などをチクチクと批判するムードや 色艶話も盛り込まれています。
流石に絵本には描かれませんが そういった一切を取り込んで混ぜ合わせ
濾過して子どもに相応しいものを抽出すると たぶんこんな風になるのだろうなぁ・・・と思います。
汚いモノも腑に落ちないことも 笑い飛ばして陽気に現世を生きようじゃないか!
そう力づけられているような気がする不朽の名作です。