文章には書かれていないストーリーを、美しい水彩画が豊かに物語っていて、絵と言葉のハーモニーがひとつの曲を奏でているかのようです。
居心地のいいおばあちゃんの部屋からお話が始まり、舞台は「とくべつな思い出」の中の ”海のアトリエ ”へと移ります。その間のページに、家の縁側に座って、薄暗くよどんだ時間の中に閉じ込められている様な少女がいます。シャボン玉のふちの黄色い光が、ほのかに希望を感じさせます。
友達の娘で、問題のある状況の子を預かった絵描きさんは、学校のことを聞いたり女の子を慰めたりせずに、自分の日々のルーティンの中に組み込んでいって、体験を共にしていきます。
スイカの香りのする水で乾杯をして、「ようこそ、海のアトリエへ!」と迎えられた女の子の表情の、柔らかく嬉しそうなこと!
夜は一緒に本の時間。白熱灯の黄色い灯りが、部屋を温かく包んでいます。
朝ごはんの後は、水着を着て海へ散歩です。
さわやかな空の青、深く静かな海の青、どこまでも続く水平線、、、。
青、緑、黄色、白、それにところどころカラフルな色彩がとてもきれいな絵本です。
人の心を開放する力を持つ海の青―登場人物も青系の服をよく着ています。
緑は、物語の中の自然や植物の葉っぱなどの他に、本の表と裏の見返しの部分が一面鮮やかな緑色で、素敵なアクセントになっています。最後の夜に乾杯した「おとなのあじ」のする水の、ライムとミントの色でしょうか。
黄色と白は、光を感じさせてくれます。
海のアトリエで、絵描きさんと女の子の日々は、素敵と不思議に満ちていました。絵描きさんの生活はとても魅力的に見えますが、創作するということはいつも楽しいわけではなく、行き詰ったり葛藤したりすることもあるでしょう。
創作のため、アウトプットのためには、豊かなインプットが必要だし、ゆとりや遊び心も大切な要素です。絵描きさんが真摯に自分の仕事と向き合うアトリエで、子ども扱いされずに、共に過ごした体験は、女の子の心の糧となり、女の子の物の見方そのものを変えました。
「だれでもない、ここにしかいない、あたし」と感じることができた女の子からは、ありのままに自分らしくいればいいという、自分に対する確かさが伝わってきます。
時が現在に戻り、「あなたはこれから、あなたのだいじな人にであうのよ。」と孫娘に話すおばあちゃんの心の中には、今も絵描きさんが生きているのでしょう。
時の描き方も、心に残る絵本です。