高い崖の上に横たわる小さなヨットの残骸。なぜ、こんな崖っぷちに遭難船が? 主人公が不思議そうにヨットを眺めていると、一人の老人がその理由を語ってくれた。昔、ヨットの操縦のうまい少年がいたが、少年はある日、西風号に乗り遭難してしまう。浜辺に打ち上げられた少年は意識を取り戻し、助けを求めに歩き出したが、そこで彼が見た光景は海上の空中高く浮かぶヨット二隻だった……。
空を飛ぶヨットというファンタジーが、オールズバーグの洗練されたパステル画と村上春樹の美しい訳で、気品あふれる翻訳絵本となりました。コンビがコンビということで、完成度が高いです。
米国に住んでいて感じるのですが、職業以外でボートとかヨットを所有することは、社会的に豊かな階級層でないとできないことです。そんな理由から、港街に住んでいながらも、そのようなものとはまったく縁のないわたしににとってこの作品は夢物語、ため息ものでした。
オールズバーグは、映画にもなった「ジュマンジ」(ロビン・ウィリアムズ主演)の原作者。大学で最初は法律を学び、美術への道は後で選んだとか。今は芸術大学の教授ですが、「カルデコット・メダルを受賞したクリス・ヴァン・オールズバーグは、絵本の世界に出現した、モーリス・センダック以来のもっとも才能豊かなアメリカのアーティストである」と解説されています。
それと明らかに村上氏の詩的な邦訳が、この絵本の魅力を倍増させていると思います。文章(短編)として読んでも十分楽しめます。(それほど描写が的確できれいです。)よって、対象は中学生以上でしょうか。漢字がちょっと難しいけど小学生高学年でもいいかな……、高校の教科書に載っていてもおかしくない……、などどいろいろ思いました。息子は(多分、ほとんど分かっていなくて)「難しい……」と感想を漏らしましたが、「ジュマンジ」の作者と同じだよと話したら、とたんに目を輝かせていました。原題は「The Wreck of the Zephyr」。絵を眺めるだけでも、潮風に吹かれる気分に浸れます。