絵本はくまさんやうさぎちゃんだけを描く世界ではない。
怪獣やあおむしだけが絵本の主人公ではない。
絵本は実に広い世界を描ける、表現形態だと思う。
例えば、昔話。しかも誰もが知っている世界であっても、絵本作家の画風によってとらえられる印象は違うし、現代風にアレンジすることもできる。
例えば、ファンタジー。これは絵本の得意とするところ。空を飛ぶ象がいたってダンスをするカバがいたっておかしくない。恐竜と戦うのだってへっちゃら。
例えば、今のおはなし。パパがいてママがいて、弟がいる。いや、パパのいない家庭だってあるし、ママのいない家だってある。おかしい話、悲しい話、たのしい話。なんでもあり。
そして、この絵本のように本当にあった歴史のひとこまを絵本として表現することだってある。できれば、誰かがそばにいて、周辺のことも話せたらずっといい。
絵本の世界は実に多様。
絵本に描けない世界は、もしかしたらないんじゃないかな。
この絵本が描かれたのは2014年。
1989年11月にベルリンの壁が壊されてから25年の月日が経っていた。
それまで描けなかったと訳ではないだろう。
だとしたら、その月日は何を意味しているのだろうか。
それは、記憶の風化のような気がする。
第二次世界大戦が終わって、冷戦時代にはいっていた1961年、突然西ベルリンを包囲するように作られた「ベルリンの壁」。
壁によって分断されたのは国家や思想だけでなく、家族や恋人たちもそうであった。
この絵本に登場する家族もそうであった。
父は西に、母と子どもたちは東に。
この「壁」を決死の覚悟で越えようとする人々がいた。
ある人は運よく、またある人は力尽き。
そして、絵本の少年もまた「壁」を越えようとする。
「壁」が壊されてたくさんの時間が過ぎていった。
その時間の経過の中で、かつて「壁」を乗り越えようとした人たちがいたことの記憶が薄れていく。ましてや、小さな子どもたちは「壁」の存在そのものを知らない。
絵本はそんな記憶をくっきりと蘇させる力さえもっているのだ。