英文学の古典とセジウィック、バトラー、ベルサーニらの理論を介し、読む快楽と性的快楽を混淆させ、クィア批評のはらむ緊張を見据える。解説 田崎英明
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性差や異性愛といった規範が作用する場から見えない欲望を引き出し、新たな解釈を生産すること。本書は、そうしたクィア批評の声に耳を傾けながら、「自分ではない」ものへの同一化による読むことの快楽と、性的な快楽を混線させる試みである。セジウィックの理論や英文学の古典から、ホモソーシャルな欲望、共同体の規範に従う快楽、プライヴァシーという概念装置等を縦横に論じるとともに、クィア批評と精神分析の思想的往還を、ジジェク、バトラー、コプチェク、ベルサーニらを読むことで辿った。クィアなるものが含む解放性と固有性のパラドックス、批評的・思想的探究と政治的意味の緊張をも見据えた名著。 解説 田崎英明
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クィアな読解とは何か ディケンズ、セジウィックからベルサーニまで
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【目次】 T 見えない欲望を読む 第一章 セジウィックとホモソーシャル/ホモセクシュアル連続体 第二章 男と男のあいだ―『デイヴィッド・コパフィールド』のセクシュアリティ 第三章 ジェイン・オースティンを読む兵士たち
U プライヴァシーの亀裂と侵犯 第四章 わたしは作文を引き裂いた―『ヴィレット』と語る女性の私的領域 第五章 登場人物には秘密がない―E・M・フォースターのクローゼット
V 精神分析とクィア批評の往還 第六章 欲望はそこにある―ジジェク、コプチェク、固い現実界 第七章 主体化されない残余≠去勢―ジュディス・バトラーと誤読のポリティクス 第八章 孤独なマゾヒズム―レオ・ベルサーニへの斜線
あとがき 解説 秘密の在り処(田崎英明)
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