「故郷を捨ててきた。」宏太は、ずっとそう思ってきた。
宏太は、9年前の東日本大震災で祖父母と母と兄を亡くしました。 家族を4人も亡くし家も船も失くした父親は、宏太を連れて静岡の焼津にいきます。宏太は、故郷から自分をひきはなした父親がうらめしく、自分たちだけあの町から逃げ出したと後ろめたい思いも引きずっています。だから、故郷の誰とも連絡を取ってきませんでした。 その父親も亡くなり、高校を出てやりたいこともない宏太はコンビニでアルバイトをするだけの日々。故郷の人々は宏太のことなど忘れているだろうとむなしい思いを抱えていました。そんなあるとき、急に、故郷の青い海の色を思い出します。無性にあの町へ帰りたくなり、宏太は深夜バスに乗り宮古へ向かいました。
故郷に向かう途中、宏太にとって家族同然だった“砂婆”の消息を聞きます。砂婆のことをほうっておいた自分が恥ずかしくなり、災害公営住宅へ様子を見に行こうとすると、突然おかっぱ髪の女の子とそれを追う怪しい男が飛び出してきました。 「宏太、楓をたすけてやっとくれ!」久しぶりに出会う砂婆に飛びつかれ、宏太は女の子の後を追いますが……。
岩手県出身・盛岡市在住である児童文学作家、柏葉幸子さんが東日本大震災をテーマに描いた本作。同じく震災をテーマにした『岬のマヨイガ』では震災直後の人々を描きましたが、この物語では震災から時が経ったいま、故郷から出ていった宏太の寂しさと再生をていねいに紡ぎあげています。
宏太は、不思議な女の子・楓を追いながら、故郷に伝わる「海から来た子“人魚姫伝説”」を知り、故郷の不思議さ、すべてを受け止めてくれる懐の深さを感じていきます。そして、楓の願いを知ったことで自分の中にくすぶっていたものを思い出し、 「生きていれば、いつかいいことだってある」 と、希望を胸に再生していくのです。
作者の柏葉さんが東日本大震災を経て「故郷」という存在を見つめなおしたこの物語は、いつでも帰ることのできる故郷、受け入れてくれる故郷の優しさ、それが、どんな辛いことがあっても前に進む力となることを私たちに伝えてくれます。
「また帰ってくる!」 宏太は故郷に手を振りながら、強く前に進み始めていきます。
(徳永真紀 絵本編集者)
その町では、海から帰ってくる者がいるという──。
東日本大震災から九年。当時岩手に住む小学生だった宏太は、父とともに静岡に避難し、父の知人のもとに身を寄せた。 「故郷を捨ててきた」。その思いにさいなまれながらも、宏太は父の死をきっかけに故郷を訪れ、かつて家族同然だった老婆・砂婆に「楓を助けてやってくれ」と頼まれる。 謎の男に追われる幼い少女・楓は何かを探しているようだが……。
劇場アニメ映画化された『岬のマヨイガ』のアンサー作品! 岩手県出身、盛岡市在住の児童書の大家が「東日本大震災」で遺された者を描く。
何が人を故郷に惹きつけるのか? 人の生きる意味に迫る、少し不思議な町のお話。
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