この春、60歳の定年を迎えます。
かつて「男の顔は履歴書」と言ったのは大宅壮一さんだったでしょうか、時に鏡の中の自分の顔をつれづれにのぞきこみながら、果たして私の顔はどんな履歴書にできあがっているのかと思ったりします。
なんとものほほんとした顔からはどんな履歴も浮かんでこないのですが、それでもなんとかこの顔で定年の時を迎えるのだなと嘆息したりしています。
絵本作家いせひでこさんの代表作ともいえるこの作品の中に手の表情だけを描いたページがあります。
主人公の女の子ソフィーがこわれた植物図鑑を直すために一人のおじさんを訪ねます。
おじさんは本の製本職人です。「ルリユール」というのはその職業の名称です。
小さなソフィーはそんな難しい名前は知りません。自分の大好きな本が元通りになるのだったら、それでいいのです。
おじさんはソフィーの願いに聞いてくれます。
本を修復しながら、ソフィーとおじさんの会話がぽつんぽつんとはさまります。
ソフィーが見つけた一枚の男の絵、それはおじさんのお父さんの絵でした。
その夜、おじさんは一人になって、自分と同じようにルリユールであった父のことを思い出します。
ソフィーとの会話がおじさんに父のことを思い出させてくれたのです。
その場面に、手のページがあります。
「あの木のようにおおきくなれ」と父がといつも言っていたことを思い出します。
そして、「父の手も木のこぶのようだった」と。
このページに描かれている手は働いてきた男の手です。
ルリエールという仕事に誇りを持ち、細心の注意をはらいながら優しく丁寧に本を製本していく手。
父がかつてこういったことをおじさんは思い出しました。
「名をのこさなくていい。いい手をもて」。
「いい手」とは命を生み、育み、また新しい命につなげていく、大きな木のようなものかもしれません。
いせひでこさんはこのたった1ページの手のページにどれだけの熱情を注いだことでしょう。
手のページを開きながら、じっと私の手を見て、ルリユールおじさんのようにつぶやいてみます。
「わたしも魔法の手をもてただろうか。」