『西遊記』に登場する孫悟空に、自分の毛を抜いてふっと息を吹きかけると、たくさんの孫悟空が現れるという術がありましたが、わが日本でも忍者の代表的な忍術として「分身の術」が知られています。
それほどに古来より自分の分身が生まれることが、人間の願いとしてあったということだろう。
この絵本でも、その願望が描かれています。
もっともそれを願ったのは、ママ自身ではなく、ちっともかまってくれなくてふくれっ面のおにいちゃん。
それで、つぶやいたのが、「あーあ、ママが10人いればいいのになあ」。
そうしたら、本当に10人のママが出てきてしまいます。
1人目のママはひざにのせてくれるし、2人目のママは絵本を、3人めのママはうたってくれます。
だから、「今は忙しいの」も言わないし、「あとで」とも言わない。
面白いのは、美容院できれいになるママやかっこよくお仕事しているママも登場してくること。
これって、もしかして、ママの願望だったりして。
作者の天野慶さんが巻末に載せた短文に「子育てをしていると、どうして自分の体がひとつなのだろうと、うらめしく思ってしまうことがある」と、ちらりと本音をこぼされています。
それで、「忍者修行」に出て分身の術を覚えたいと、ユーモラスに語っています。
ママはそんなことをちょっぴり考えているんだ、だったら、パパは?
まさか、逃げ出しの術じゃないよね。