井上ひさしさんはとても才能のある人でした。
「でした」と書いたのは、2010年の春に亡くなったからです。
どんな才能があったかというと、小説を書きました。演劇の台本を書きました。放送の台本を書きました。ストリップ小屋(ここがどういうところかはお父さんに訊いてください)のコントを書きました。お米のことに悩みました。本のことに力を注ぎました。若い人に力をくれました。
そんな人でした。
忘れていました。絵本の文も書いたことがありました。
それがこの作品です。絵は安野光雅さんが担当しています。
『ガリバーの冒険』の、本当の作者(原作といいます)は、ジョナサン・スウィフトというアイルランドの作家です。
小人の国や馬の国を訪問することになるガリバーの話は聞いたことがあると思います。
でも、読んだことはない、と心配することはありません。あまりにも有名すぎて、本当の原作を読んだ人はきっとあまりいません。
だから、こうしていくつになってもガリバーの物語を読むことができるのです。
井上ひさしさんが海を好きだったかどうかは知りません。
でも、井上さんの名前を有名にした『ひょっこりひょうたん島』は海に浮かぶ島で繰り広げられる活劇でしたし、初期の演劇『11ぴきのネコ』も確か海が描かれていたと思います。
井上さん自身はけっして波の上をふらふら浮かんでいるような人ではありませんでした。
むしろ、しっかりしたブイのような人でした。
ここは波が荒いよ、ここは浅瀬だよって、航海する船に教えてくれるブイ。井上さんの発言はそのようでした。
そんな井上さんがどうして絵本の文を書くことになったのかわかりませんが、絵を描いた安野さんは井上さん亡くなった後に自分の本棚の奥から1969年に出版されていたこの本を見つけます。
それがこの本の、あらためて出版されるきっかけとなりました。
最後の、小人の国を離れていくガリバーの顔が、井上さんの顔に似せているのは、安野さんのお遊びでしょう。
そういう遊びを、井上ひさしさんという人は大好きだったと思います。