「父と娘」(旧邦題「岸辺のふたり」)でアカデミー賞短編アニメーション映画賞受賞、「レッドタートル ある島の物語」でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門特別賞を受賞したマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット氏といえば、映画ファンには知られた存在かもしれません。 1953年オランダ生まれのアニメーション映画監督である同氏が、構成と絵を描き、谷川俊太郎さんが訳した、詩的な存在感のある絵本です。
私はひとり そらのした 私はひとり くさのうえ 私はひとり ひとりがいい あのひとを ゆめみて
うっそうとした木々の中へ歩みをすすめるひとりの男。 1本の枝に手をやり、折り取ろうとしています。
きのうからきて あすへいく ときをあゆんで 私はひとり いのちのままに いきている あったことのない あのひとをまって
川に釣り糸を垂れ、魚を釣り、火をおこし、だれかをまっている……。 そして、だれかが現れたように見えても、だれかが去っても、また面影を追って、ひとりで歩きつづけます。
きっとあのひとを みつけだし きっとあのひとの てをとって
と願いながら……。
「あのひと」を探し求め、いつか自らの目の前で、そのひとの手をにぎることを、だれもが夢みているのだ、と切ない想いがわき上がります。 同時に、淡々とごく飾り気なく描かれる、男の歩く姿、「あのひと」を求める姿に勇気づけられるのです。
大人の心に響く本であり、思春期の入口に立つ子どもたちにとっても人生のテーマを考えさせる、印象深い絵本です。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
アニメーション映画監督、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットは、2016年スタジオジブリの提案で、 「レッドタートル ある島の物語」を制作しました。これは、孤島に流された一人の男が、亀の化身である女性と出会い、一生を島で過ごし、やがて死を迎え、 女性は亀の姿に戻り海に帰っていくという物語で、「人間の限りある時間」と、それと対照的な「永遠にも匹敵する亀の生きる時間」を、美しい自然を背景に描いたともいえるファンタジーでした。 ケルト文化にも関心が深く、超自然的な生き物への憧れを抱くマイケル監督は、この絵本でもやはり「時間」を超越した存在への憧憬を一人の女性を探し求める男性の姿を借りて描いています。 「この物語のヒントは、大好きなアイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェーツ (1865-1939)の“さまよえるイーンガスの歌”にある」と マイケル監督は語っています。イェーツもまた、ケルト文化を愛して不思議な夢想に満ちた詩や物語を書いたノーベル文学賞作家です。 イェーツのこの詩を念頭におきながら、日本の詩人谷川俊太郎は、マイケル監督の完成度の高い絵に触発されて、今回の絵本のテキストを綴っています。そして、一人の男性があこがれ続けた永遠の女性「あのひと」が、「このひと」になる瞬間を、見事な詩で書き著し絵本として完成させました。 オランダ人マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットと日本人の谷川俊太郎が、アイルランドの詩人イェーツを媒介に時間を超えてコラボレーションしたともいえるのがこの絵本です。
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