もし、普段何気なく使っている文字の1つが突然消えてしまったら? このお話の舞台は、五十音村。「文字にも、人間や動物と同様に魂がある」と物語の冒頭にあるように、五十音村にはさまざまな個性を持った文字が暮らしています。たとえば、“あ”はあいうえお順でも、アルファベットでも一番はじめにくるから、いばりんぼ、“は”“ひ”“ふ”“へ”“ほ”の5人は笑うことが大好き、“か”さんは、「やろうか?それとも、やめておこうか?」とあれこれ悩む優柔不断な性格など、楽しく、なるほど〜と思う個性がいっぱい。
ある夏の夜のこと、五十音村の文字たちが何か議論しています。どうやら誰が一番えらいか競い合っている様子。そんな中、自分で音を出せないから、一番えらくない、そんなの文字でもなんでもないと笑われた小さい“つ”。悲しい気持ちでひどく傷ついた“つ”は、《僕はあまり大切でないので、消えることにしました。さようなら》という置手紙を残して、ひっそりと村を出ていきます。
けれども、小さい“つ”は、本当に大切でないのでしょうか?小さい“つ”が村から姿を消した後、すべての印刷物と人の会話から小さい“つ”が消えてしまいます。そこで起きたのは、小さい“つ”のあるなしで、全く意味が異なったり、通じない言葉がたくさん発生する事態。たとえば「訴えますか?訴えませんか?」は、「歌えますか?歌えませんか?」と全く意味の違う言葉に。次第に混乱していく日本語を前に、ようやく五十音村の文字たちは、小さい“つ”が、この世のどの存在にも劣ることなく重要だということに気づきます。反省し、小さい“つ”を必死で探す文字たち。はたして小さい“つ”は村に戻ってきてくれるのでしょうか?
小さい“つ”をめぐるストーリー自体にも、さまざまな気づきがちりばめられていますが、さらに言葉や文字について意識する貴重なきっかけを与えてくれるこちらのお話。日本語の五十音の1つ1つを丁寧に分析し、楽しいお話を届けてくれたのは、ドイツ人のステファノ・フォン・ローさん。日本人でないことに驚きましたが、日本語・ドイツ語・英語・フランス語・イタリア語が堪能で、言葉遊びの好きな家族のもとで育ったという作者だからこその、言葉に対する強い関心と客観的な視点から生み出された珠玉の作品です。
五十音村の文字たちの性格をさらに楽しみたい方は、巻末についている「五十音村のなかまたち」一覧がおすすめ。“あ”から“ん”までの五十音に加えて“てん”と“まる”まで、1つ1つ(1人1人?)の性格を表すイラストと言葉が紹介されていて、さらにお話を味わい深いものにしてくれます。
(秋山朋恵 絵本ナビ編集部)
“あ”さんはいばりんぼ、“か”さんは優柔不断…舞台はいろいろな文字たちがすむ五十音村。 そんな五十音村の住人たちが楽しみにしているのは、夜のおしゃべり。 その日も、みんなであつまって自慢話に花を咲かせていました。ところが、小さい“つ”には音がありません。 「音がないなんて、文字じゃない」とからかわれた小さい“つ”は次の朝、姿を消してしまいます。 すると、どうしたことでしょう。いらないと思っていた小さい“つ”がいなくなっただけで、 「うったえますよ」が「うたえますよ」になってしまうなど日本語は大混乱に…。 ドイツから届いた、日本語の五十音をめぐるファンタジー。
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