読み進めながら浮かんできたのは
5年ほど前に読んだ『いのちをいただく』でした。
ほんの数ページの短いお話に
思いがけず涙があふれ
いただくいのちは
昨日までは誰かが大事に育てていて家族同然だったのだということ
そしていただけるまでに
その間で大変な仕事をされている方がいるのだということに
気付かせてもらった本でした。
この本にあるように
「自分の手で命を取り上げなくても、食べることができるようになって」
私たちはそのことを忘れかけているのでしょうね。
食事の前にお祈りをすることはあっても
「いただきます」と手を合わせるのは日本だけ
と聞いたことがあります。
日本の誇らしい文化だと思います。
「いただきます」はいのちをわけていただくということ。
食べ物の形にしてくれた人への感謝もこめて
忘れぬよう、日々三度三度くり返したいです。
後半の「つながり」
いま、「つながる」ことが上手くできずに
箱に入りそうになっている子どものことで
私自身もまた、箱のふたをあけたくなるようなことがあるのです。
考えれば考えるほど、鏡は鏡を映して
悩みはどこまでも続くように思えていました。
けれど、「ありがとう」をくれた多くの人達を思い出すことで
下がりがちな口角もまた上げられそうです。
そして、生まれてきてくれて「ありがとう」という気持ちがある限り
この子を「ひとりぼっち」になんかするもんか と力がわいてきました。
からだと心をつくってくれた命に
「いただきます」と「ありがとう」
文章にも命が宿っているのなら
この本にも「ありがとう」と伝えたい。
ひとは、ありがたい と思うことで
自分を幸せにできるような気がしています。