抑えた色目と線が読者に何も押しつけてきません。
けれども、立体感、重量感、質感、遠近感にリアリティがあり、
ふと気づくと、雪を踏みしめ、宙を舞って、
各場面に立ち会っている自分がいました。
「森の奥へ入っていく」そして「雪道で迷う」というのは、
日常を離れて無意識の域へ分け入っていくことを思わせます。
そうして、意識の奥の森へ迷い込むと、
逆光を受けて暗い色調の、屋内の情景に出会います。
幻想的でありながら、記憶のはざまに置き忘れた遠い日に
再会したようななつかしさが漂っています。
視点は非日常的な高さに上下し、
いつしか「常識」のめがねをはずされ、言語以前に戻った目に
異界の住人たちが圧倒的な存在感で迫ってきます。
そうそう、子どものころ、
動物たちは自分と同じか、それ以上の大きさに感じたし、
初めはちょっとこわくても、言葉なしに友達になれる存在だった、
なんてことを思い出しました。
ストーリーはまさにその感覚をなぞるように進み、
戸惑っていた主人公は他者の思いやりにふれ、
やがて、温かいものに背を押されて現実の生活に戻ってきます。
卓越した画力で、作者はそんな物語世界を創造し、
「どうぞご自由にお楽しみください」と差し出してくれます。
以下は個人的な好みの話です。
熊の紳士を鹿の夫人が出迎えるページで、
そのしっとりとした叙情にためいきが出ます。
また、おばあちゃんの家近くに山を降りてきたページでは、
傾斜する地形にいる登場人物たちを斜め上から見下ろす構図が
くらくらするくらい新鮮です。
そして、主人公の女の子の服装、お屋敷、調度品などが
さりげなくおしゃれで楽しくなります。
作家ご本人がお好きだというオールズバーグに
確かに画風が似ていますが、
みやこしさんの絵には彼女独特の繊細な詩情があり、
乙女心(実年齢関係なく…)をくすぐります。
原画はおそらくきめの粗い紙に描かれているのでしょう。
絵本にもそれに近い質の紙が使われていたら
木炭画らしさがもっと感じられたのだろうなぁと、
つい、ページをなでてしまいながら思いました。