夏が終わっていくのはさみしい。
来年になったら、また夏が来るのはわかっているのだけれど、去っていく夏は、やっぱりさみしい。
だから、波の音も、鳥たちの鳴き声も、さみしそうだ。
そんな季節にぴったりの絵本だ。
作者のベンジー・デイヴィィスはイギリスの絵本作家。
これまでも何冊か絵本の絵を描いていたそうですが、文と絵の両方を書いたのは、この絵本が最初だそうです。
とてもやさしい絵を描く人です。
とてもやわらかな言葉を紡ぐ人です。
海の絵もたくさん出てきますが、静かな海、荒れ狂う海、雨の海、それぞれに表情がちがいます。
そんな海の絵を見ていると、今年の夏に出会った海のことを思い出すのではないでしょうか。
ちょうど、この絵本の主人公ノイが、嵐で迷子になった子クジラと出会って、別れたあと、思い出すように。
ノイは海のそばの家でおとうさんと6ぴきのねこと一緒に暮らしています。
おとうさんはさかなつりの仕事で毎日いそがしく働いています。
ノイが海辺で迷子の子クジラを見つけた日も、おとうさんは仕事でいませんでした。
だから、小さなノイはとってもがんばって、子クジラを家に連れて帰ります。
子クジラといっても、浴槽をいっぱいにしてしまうくらい大きいのです。
おとうさんにはないしょにしようとしていたのですが、さすがに見つかってしまいます。
でも、おとうさんはそんなノイを叱りませんでした。
ノイとおとうさんは黄色いレインコートを着て、子クジラを海に戻そうと、雨の海にボートを漕ぎだします。
ノイにとって、子クジラと出会ったことも、海に還したことも、思い出になったことでしょう。
そして、その記憶にはいつもおとうさんの姿があるにちがいありません。
思い出って、いつも大切な人がそばにいるものかもしれません。
その大切な人と別れることも、思い出になっていく。
この絵本にはそんなことは描かれていないのですが、そんなことを考えてしまう一冊といえるでしょう。
翻訳をしているのは、絵のタッチが似ている絵本作家の村上康成さんです。