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インタビュー
2024.11.26
第1回の作品募集がスタートした『読者と選ぶ あたらしい絵本大賞』。この連載では、特別審査員の方へのインタビューをご紹介していきます。様々なジャンルでご活躍されている皆様が、それぞれの立場から考える「あたらしい絵本」とは? 前編と後編に分け、絵本への思いや応募作品への期待など、たっぷりお話いただきます。
今回ご登場いただくのは、CNRS准教授・東京大学IRCN赤ちゃんラボ連携研究者の辻晶さん。赤ちゃんの言語発達について研究されている辻さんの視点から考える「絵本」の存在とは……? 気になるテーマがたくさん登場します。
フランス国立科学研究センター(CNRS)パリ高等師範学校、認知科学科にて准教授、ならびに東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)にて連携研究者として乳幼児の言語発達と社会的相互作用の研究に従事。 IRCN赤ちゃんラボでは、子供の言語発達において社会環境がどう影響を及ぼすのかを研究している。
―――辻さんは「社会環境における幼少期の言語習得」を研究されているということですが、具体的にどんな研究なのかを教えていただけますか?
私は赤ちゃんの言語発達、赤ちゃんがどのように言葉を覚えていくかを研究しています。赤ちゃんが言葉を覚えるには、実は社会環境や周囲の人とのやり取りが重要なんです。私はもともと認知心理学を勉強していたこともあり、社会環境の中でも、具体的になにが赤ちゃんに影響を与えているのかに関心があり、研究を始めました。私が特に注視しているのは、やり取りの重要性。そのベースになっているひとつの研究は、ワシントン大学のPatricia Kuhl教授による赤ちゃんと言語習得に関する研究です。
Kuhl教授のある実験の結果、外国語で話しかける人のビデオを見せられた赤ちゃんたちよりも、人から直接話しかけられた赤ちゃんのほうが、スムーズに新しい言語の音を覚えることができるということがわかったのです。そこから発展させて、「会話」ができるzoomなどのオンラインコミュニケーションツールを使った場合では、画面の状況やどんなやり取りが、言語発達に繋がるのかを調べています。
例えば、かわいいキャラクターが画面上で赤ちゃんに反応する調査をします。そのキャラクターが赤ちゃんの目の動きにきちんと反応すると、ある意味zoomなどで人とやり取りするような場面になります。それに対して、同じキャラクターが赤ちゃんに反応しない場合、動画を見ているような場面になります。赤ちゃんは反応する画面上のキャラにより反応し、また、そのキャラからより学習することがわかりました。その結果から、やはり言語の習得には人間的な反応が重要だという考え方のもと、研究を行っています。
――画面上でもやり取りの有無で反応が違うという結果は、とても興味あります。辻さんは、東京大学赤ちゃんラボの研究で、『言語と視覚で予測脳を育む! かわりえ えほん かたちで ぱっ!』『言語と視覚で予測脳を育む! かわりえ えほん もようで ぱっ!』(ともに作・絵:かしわらあきお/監修:辻晶/鈴木出版)など、絵本の監修もなさっています。
言語習得の研究をしている中で、「絵本」はどんな存在なのでしょう。また「絵本」に目を向けるようになったきっかけを教えてください。
私は実践的な研究にも関わっていて、フランスの保育園の教育者向けに、言語発達応援プログラムを作ったことがあります。そこでのアドバイスのひとつが、絵本の読み聞かせです。
子どもの言語能力の発達には、「たくさん話しかける」ことが必要です。ですから、絵本を読み聞かせるだけでも自然と言葉が増えていきますが、実は話しかけるだけでなく、言葉のバリエーションを増やしていくことが重要であることがわかりました。絵本には、日常では使わない言葉もたくさん出てくるでしょう。ですから絵本を読み聞かせると、子どもは自然に言葉を覚えることができるだけでなく、語彙が豊富になるのです。
絵本の良さはほかにもあります。例えば「りんご」の絵本を読んだときに、読んでいる人がりんごを食べる話を子どもに聞かせたとします。そうやってひとつの単語をいろいろな文脈で使うことによって、自然に文法を覚えたり、表現が増えたりします。ですから、絵本を読み上げるときに「ときどき自分の言葉で話してあげてください」とアドバイスしています。
――会話が重要ということですか?
そうです。絵本を読みながら、子どもの興味があるものについて話したり、「これはなんだったかな?」と子どもに質問したりすると、言語的な働きかけと社会的な働きかけが同時にできるのです。いつもと違う言葉や表現を使って話そうと思うと難しいですが、親子で話しながら絵本を読むだけで、それが自然とできてしまうのがすばらしいですね。新しいものに触れて驚くことで、赤ちゃんの脳も発達するのです。
――絵本は、言語習得の入口としてとても適しているメディア、ツールなんですね。
――「あたらしい絵本大賞」では赤ちゃん絵本の応募も楽しみにしているんです。そこでお伺いしたいのですが、赤ちゃんに絵本を読み聞かせすると、自分が好きなものが出てくると大喜びします。一方で、知らないものが出てくるのも好きなんですよね。絵本で見たり聞いたりして受けた「驚き」が、赤ちゃんの感覚や刺激と結びつくということでしょうか?
そうですね。子どもの年齢や性格にもよりますが、「親しみのあるもの」と「新しいもの」のバランスが、けっこう重要です。ほとんどの赤ちゃんは「繰り返し」が大好きでもあるし、「初めてのもの」にも興奮します。では保育者としてどうすれば良いかと言いますと、イメージとしては、「親しみのあるもの」の中に、ちょこちょこっと「新しいもの」を入れていくことですかね。その割合は個人や年齢によって違うので、具体的なバランスを示すのが難しいのですが、意外と自然に、赤ちゃんの注意や様子を観察しながら決まってくると思われます。
――最近日本では、書店の赤ちゃん絵本コーナーがとても充実しています。絵本作家さんや出版社さん、そして読者の方も、「赤ちゃんと絵本」の関係に高い関心を寄せていることを実感します。ドイツ、オランダ、アメリカ、フランスとたくさんの文化に触れられてきた辻さんから見て、日本の赤ちゃん絵本を読んだ感想はいかがですか?
日本の絵本はすごく想像力があって、新しい切り口がたくさんあると思います。私が監修したようなしかけ絵本や、『ころりん・ぱ!』(作:ひらぎみつえ/出版社:ほるぷ出版)などの赤ちゃん向けしかけ絵本をフランスの友だちに贈ると、すごく喜ばれます。ヨーロッパの絵本にも、素材を変えたり音楽が流れたりするものはありますが、動かすとなにか変化があるという絵本はあまりないんですね。日本はやっぱり「紙の国」だから、紙でいろいろな工夫がある絵本は、特徴的だなと思っています。
逆に日本ではあまり見かけないけれど、ヨーロッパで見かける絵本は「匂いの絵本」。こするとクマさんが持っているアイスクリームの匂いがするというようなものです。あと、シリーズ作品も多いですね。例えば「音楽絵本シリーズ」という同じフォーマットの絵本では、クラシックからヒップホップまでいろんなジャンルを扱っていたりします。キャラクターというよりは、コンセプトでまとめた絵本が多いですね。
――私は取材で、赤ちゃんの成長発達について研究している方に、絵本についてのお話を伺う機会がありました。そのときに、「実は赤ちゃんは視力が未発達だから、視界がぼんやりしていてそんなに見えてない」とか、「赤ちゃんは、刺激が欲しくて絵本を読んでいるんだ」という話を聞いたことがあります。
そのことに驚き、赤ちゃん絵本に対する考え方が少し広がりました。赤ちゃんが物語や絵だけではなくて、刺激や言葉、感触、しかけなどのやり取りが好きだということに、すごく納得したんです。
赤ちゃん絵本の役割は、やり取りのきっかけですね。赤ちゃんの視覚は未発達ですが、新生児期でも白黒のコントラストや光は認識できます。赤ちゃん絵本はコントラストが強い色味を使っているので、赤ちゃんは視覚面からも十分楽しめます。が、見た目を楽しむ以上に、絵本はやはりやり取りのきっかけになります。
たぶん親御さんならわかると思いますが、最初は文字とか絵よりも、手で触ったときの感覚やしかけに驚いたりするのを楽しみます。そして成長に従ってだんだんと絵本の中のディテール、例えばここに鳥がいるとか、描いてあることに注目し始めて。私の感覚ですが、よくできている絵本は何歳になっても楽しめるし、読む年齢によってまったく違う展開を楽しめると思います。まあ、赤ちゃんの時に破かれる可能性も大いにありますけど(笑)。
――辻さんご自身が読んでもらって印象に残っていたり、お子さんに読み聞かせる中で印象に残っている絵本はありますか?
私はドイツで育ちましたが、そのときに母が日本語を教えるきっかけとして、日本語の絵本を読んでくれました。その中でも『ぐりとぐら』(作:中川李枝子/絵:大村百合子/福音館書店)と、『ヒッコリーのきのみ』(作:香山美子/絵:柿本幸造/ひさかたチャイルド)がすごく好きで、今でも覚えています。娘に読み聞かせをすると、すごく懐かしい気持ちになりますね。
出版社からの内容紹介
りすのバビーは冬に食べるためのヒッコリーの木の実を穴に埋めました。冬が過ぎ、春になったとき、お母さんが教えてくれたりすと木の実の約束の意味がわかります。
『ヒッコリーのきのみ』で、こりすのバビーがものを隠しているときに、「つぎは つちを とんとん たたいてね」、「たたいたよ!たたいたら?」、「つぎは、、、」というシークエンスが続きます。それをまねて、小さいころに母となにかをするときに、「○○してね」、「したよ!したら?」、「つぎは、、、」という風にやり取りをしていました。絵本の言葉遣いをまねして日本語を習い、日本語の語彙が増えたんですね。娘も楽しんで、同じようなゲームをしています。
『ぐりとぐら』は、カステラが焼き上がったシーンだけを覚えていて、それがすごくおいしそうに見えたのが印象に残っていました。娘が生まれたときに絵本をいただいて改めて読みましたが、娘はカステラができたページよりも、動物たちがカステラを食べているページにすごく興味を持ちました。「なんで、このワニさんが食べていないの」と、カステラを口に運んでいっている人とそうでない人をいちいち指さしして、そのページばかり見ていました(笑)。子どもによって、注目するところがすごく違うんだなと思いましたね。
娘が3歳になるまで日本に住んでいて、半年前にフランスに引っ越しをしました。夜になると娘が「絵本を読んで」とよく日本語の絵本を持ってくるので、楽しみながら少し勉強にもなるなと思い、喜んで読んでいます。
――親子で反応するページが違うのはおもしろいですね。
私も、娘の発達によって、注目するところがすごく変わっていくのをみるのが、すごくおもしろいなと思いますね。親が子どもの興味に敏感になって、子どもに合わせて読み上げていて。きっとみなさんも同じようにしていると思いますが、いつも同じ話ではなく、やり取り自体が変わっていくのを感じられるのもありがたいなと思っています。
――大人になってから、自分のために絵本を読むことはありますか?
普段は普通の本がやっぱり多いです。でも、すごく綺麗に描かれている絵本を見るのはおもしろいですし、「娘に」と知り合いからいただいた『はじめてのおつかい』(作:筒井頼子/絵:林明子/福音館書店)は絵が豊富で、昭和時代の暮らしの様子が描かれているので、娘に読み聞かせるときはいつも楽しいです。
――たとえ知らない景色だったとしても、懐かしさを感じる絵本は楽しいですよね。ありがとうございました。後編では『読者と選ぶ あたらしい絵本大賞』についてお伺いしていきたいと思います。
※辻晶さんインタビュー記事(後編)は、2025年1月14日頃の公開を予定しています。こちらもお楽しみに!
インタビュー: 磯崎園子(絵本ナビ編集長)
文: ナカムラミナコ