詩人の長田弘さんが文章を書き、荒井良二さんが絵を担当した絵本『空の絵本』が注目を集めています。「だんだんだんだん」というフレーズと共に変化を見せる空の情景は、昨年大きな変化を目の当たりにした私たちに、変わらない日常の尊さを伝えてくれるように感じます。長田さんから詩を受け取った荒井さんが、どのような思いをこの作品に込めたのか、お話を伺いました。
●人の営みや生き物の息遣いが感じられる絵を描きたいと思ったんだよ
─── 私、最初に『空の絵本』を読んだとき、色んな感情がこみ上げてきてしまって、圧倒されました。その後、別のインタビューで荒井さんがこの絵本を震災の前後で描かれたと話されていて、「あぁ…」とすごく納得したんです。
この絵本は震災を挟んで作ったんだけど、ラフは震災前に出来ていたんだ。ただ、震災によって作品の何かが大きく変わったかというと、そういうことはなくて…それが俺自身は不思議だった。
そうは言っても震災の影響が全く無かったのかって言うと、やっぱりあるよね。あれだけ強烈なショックは未だ嘗て無かったから。ただ、震災の影響がこの絵本の中にどういう形で出ているのかって部分では、まだそんなに冷静になれないから分からないんだけどね。
─── この「だんだん」というフレーズがときに静かで、ときに嵐を表す激しさもあって印象に残っているんですが、詩を書かれた長田さんからは何かこうしてほしいというようなお願いはあったんですか?
全く無いです。長田さんとは『森の絵本』(講談社)のときに一緒に仕事をしているので、ある安堵感はありました。テキストをもらってからは、「どういう切り口を要求しているんだろう…、どういうビジュアルを頭に描いて作っているんだろう…」と長田さんのイメージを探っていくという感じだった。
─── 探っていくというのは具体的にはどんなことをされたんですか?
もう何回も反芻するしかないよ。俺は長田弘さんにはなれないけれど、少しでも長田さんの考えていることに近づくには反芻することしかないから。長田さんの文章をなぞりながら、行間を読み取り、だけど読み込みすぎないように、客観的な視点を持って、熱い気持ちは「まぁまぁまぁ…」って抑えて(笑)。
─── この『空の絵本』は今まで描かれていた描き方とまた違った描き方のように感じたのですが、『森の絵本』と意識して変えた部分などはありますか?
『森の絵本』との違いは最初から出そうとは思っていたね。テキストをもらってから考えたのは『森の絵本』よりもっと絵本的な表現にするか、それともそこから遠のいた描き方にするのかのふたつだったね。
─── 絵本的な描き方というのはどういう部分ですか?
例えば、主人公を登場させて、物語として見せる方法もあるな…とは思った。長田さんの文章には出てこないけど、ここで生活を営んでいるはずの動物や人を入れるってことも可能だったかなと。人のいる煙が上がっていたり、動物がいたり…。営まれているはずなんだよね。見えないだけで。
─── そうですね。絵では描かれていないですが、生き物が生きているような息遣いのようなものが感じられる気がします。
私はこのしずくのページで急に視点が切り替わっているところがすごく好きなんです。すごく面白いなぁって。
ここはわざとやったけどね(笑)。しずくは現実にはこうはならないじゃない。でも「この絵本の中ではこうなんだよ」っていうのを想像してもらいたかった。この絵本は森や山など現実的な風景が連続しているから。このしずくの場面で俺はね、読者の人に「これは絵本だよ」って伝えたかったんだ。わざとこういう想像力を必要とするような描き方にして絵本の楽しさを感じてもらえたらって思ったんだよ。
絵本的な描き方をした部分はしずく以外にもあるんだけど、そのひとつが夜空の場面ね。ありえない星空を描いているでしょ(笑)。
─── 本当ですね(笑)。でも、子どもってこういう細かい絵とか、すごく好きですよね。自分で色んなものに見立てて遊んだり、長い時間ジーっと見つめていたり…。
荒井さんの描くこの山並みにも、どことなく懐かしさを感じるのですが、絵を描くとき、どこかにスケッチに行ったり、何かモチーフを見つけたりしているんですか?
改めてスケッチをすることはないねぇ。写真をモデルに書いてしまうと、余計に現実的な何かが入るわけでしょ。それを排除して長田さんの文章全部に比重を置きたかったから、リアルな部分は省く。省略しながら描いたほうがいいと思ったんだ。
でも長田さんが言うには、山の稜線は東北の山だって(笑)。長田さんは福島の人でおれは山形の人なのね。だから、夕焼けのシーンとか、「山形から見るとこうだけど、福島から見ると逆なんだよ」って長田さんは言っていた(笑)。お手本なんかなくても、俺の頭の中にある、あるいは子どものころから見ていた山の稜線を体が覚えていて描けたんだと思うよ(笑)。