森川洋平は、物思いにふけることの多い中学2年生。 自分を好いているらしい順子はわずらわしいし、同じ団地の大田と川島は気にくわない。 でも、映像研究会の先輩クマさんや、不思議な雰囲気の浅川ゆりは好きだ。
個性的な面々に囲まれて、洋平の青春は慌ただしく巡っていく。 やがて洋平は、空室の窓に毎夜灯る不気味な明かりをきっかけにして、予想だにしない大冒険に旅立つことになる――
神秘のピラミッド。 滅びた大地アトランティス。 ノアの箱船と大洪水。 地球空洞説と謎の地下世界。 それから、男くさい友情と、ちょっとひねくれた不器用な恋。
人を青春と冒険に駆り立てる、種々様々のスパイスがブレンドされた傑作児童文学! 作者逝去のために未完のままとなった本作ですが、結末がなくてもこの物語の魅力はまったく色あせることがありません。 中途に冒険が打ち切られてしまうことへの寂しさは読後に残るものの、そのためにこの作品がつまらないと感じることはないはず。 それはこの作品のみどころが、全体から一部を切り取ってみても、それ自体がひとつの物語として深い共感を呼ぶところにあるからです!
展開の早さで読者の心をいち早く掴むよう工夫している現代的な物語とは対照的に、本作の展開はとてもていねいです。 主人公が登場人物たちと出会い、彼らの人間性と本心を探りながら少しずつ印象を変えてゆき、距離を縮めていくその青春! 数々の謎が現れては、様々な知見が合わさりながら少しずつ明らかになっていくそのミステリー! そして、何もかもが未知の世界で、不安と興奮とに心焼かれるようなその冒険! 未完の結末に至るまでのそうした過程の中に、それだけでも一冊として通用するほどの興奮や葛藤が、すでに描かれているのです。
また、洋平に対する感情移入の深さも、そうしたていねいな筆致あってこその魅力。 物思いにふけって、あちらへ飛び、こちらへ飛びする洋平の心をなぞりながら読み進めていくうち、読者は洋平と深く同調してゆきます。 そして、ひとつひとつのエピソードに対して彼と同じようにワクワクし、恐怖し、あるいは名前のつかない感情にモヤモヤとさせられるのです。
ピラミッド帽子よ、さようなら。 別れの言葉で題されたこの物語は、「さようなら」がおとずれるよりも早く終わりを迎えてしまいます。 いつかくる別れに思いを馳せながら、決して終わることのない冒険に、足を踏み入れてみてはいかがでしょう。
(堀井拓馬 小説家)
思春期まっただなかの少年、洋平がはまっていく、自問そして謎への冒険の世界。今なおけっして古びることのない、病床の乙骨淑子が描き上げたかった魂の未完の物語。「もうひとつの世界」は、あざやかに現代にきりこんでくる。
●編集者コメント 内側に秘めた問題意識を創作児童文学というかたちで世に問いつづけてきた乙骨淑子という作家が、死を前にしてどうしても描きたかった「もうひとつの世界」。それは絶筆となり魂の作品となった。未完ゆえ読者に物語の行方は大きく委ねられ、どこまでも新しく深まっていき、それぞれの作品として存在感は増すばかりであろう。少年時代に出会いおおいに創作姿勢への影響を受けた、アニメーション監督・新海誠による解説も味わい深い。
|