
本書はヒマーラヤ東部の、中国との国境にあるインド・タワン県に住む人たちが伝統医療の開発と出会い、医療実践を変容させるなかで経験する病いと、病いを経験する際の身体のありかたについて論じる民族誌である。
チベット医学は二十世紀後半以降、専門資格化や薬の大量生産といった制度化が本格化したが、そこでは「伝統/近代」や「制度的医療/土着医療」の断片化が起きるのではなく、制度によって複数の医療が分離しながら制度を越えて部分的に重なり合い、医療・身体・環境が複雑に絡まり合っている。
タワンの人たちが経験する体の節々の痛みや胃炎、あるいは妖術師による毒盛りや神霊の祟りといった病いには、チベット医学の薬でないと治せないものもあれば、憑依や神霊との駆け引きが必要なものもある。 それら病いを経験する身体は、国境紛争や開発の歴史や現代の日常生活とともに病いの文脈ごとにたちあらわれ、神霊や環境と同化し、毒や薬によって喚起される、不確かで複数的な身体である。
伝統治療者、薬師、僧、村人、薬草、制度、神霊、インフラといった様々な人とモノが協働するなか、タワンの人々が日々あらわれる病いになんとか対処しつつ生きようとする姿を、気鋭の人類学者がフィールドワークをもとに丹念に描く。
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