昭和初期頃でしょうか、長崎の海辺の生活が淡々と語られた絵本です。いとこのこうちゃんのうちに遊びに来ている、だいちゃん。漁師さんの船に魚をもらいに行き、川エビを捕り魚を釣り、浜で食事をし、木の上のやぐらから暮れゆく海を眺めます。一日中海と戯れて、だいちゃんの夏の一日が終わります。
太田大八さんの描く、日本の海の美しさが際立ちます。かすかに霞んだような滲んだような、寂びた色調によって醸し出される、夏の空気の感じ。日本の夏の、暑くてどこかしんとした、頭の芯がつんとするような感じ。繊細な『侘び寂び』が、絶妙な色使いとタッチで見事に表現されています。独特の潮のにおいが行間から沸き上がって来て、つうっと記憶の奥を刺激するような絵本です。
物語は伸びやかで素直で、特別なことは何も起こらないけれど、豊かな日常です。読み終えたとき、息子は、「こういうこと、ぼくもやってみたいなあ」と言いました。子どもにとって必要なのは、本当は、この絵本に描かれているような日々なのだ、と思わされます。だけど現代人にとって、こんな日常はもはや手の届かない境地に追いやられてしまっている。どうして、そうなってしまったのか。そのことにすこし、哀しみさえ感じてしまう絵本です。