
小さな島の桟橋で、見送りの人と一緒に船の着くのを待っているのは、トランクを持った男の子。一人で町へ働きに出るのです。お母さんが涙ぐみながら言います。
「富吉がこんなに大きくなって。 お父にひとこと知らせてあげることができたらねぇ」
海の中でくらげのパポちゃんがその様子を見ていると、ヤドカリくんがお父さんの甚吉さんは戦争に行ったまま帰ってこなかったのだと教えてくれます。南の戦場へゆく途中、大ぜいの兵隊たちと乗った船が沈められ、そのまま死んでしまったのです。今も海に沈んだまま、そこにいるのでしょうか。
パポちゃんは、男の子が立派に大きくなったことを伝えるために、ひろいひろい海を波にもまれ、風にゆられながら、南をめざして泳いで探しに行くことにしました。そこで最初に出会ったのは……。
戦争に対する強い想いがありながら、なかなか作品をつくることができなかったというかこさんが、1950年〜55年に制作していたのがこのお話。2023年に見つかったこの幻の遺稿『くらげのパポちゃん』には絵がありませんでした。そしてかこさんの孫である中島加名さんが絵を描き、終戦後80年を迎える2025年、ついに絵本として完成したのです。
初めての大海原でさまざまな海の生き物たちと出会いながら、懸命に行方知れずになっている少年の父親を捜す旅をするパポちゃん。愛らしく、時にはユーモラスに描き出されたその様子に夢中になっていると、やがて甚吉さんに出会う大切なシーンがやってきます。その景色にドキリとしながらも、不思議な安堵感と優しい気持ちに包まれるのは、読んでいる子どもたちにも「二度と戦争を起こしてはならない」というかこさんの意思がしっかりと伝わっているからなのでしょう。
世界では今もまだ続く戦争。この絵本に触れることで、多くの子どもたちが平和への想いを強く持ってくれることを願うばかりです。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
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『からすのパンやさん』や『だるまちゃんとてんぐちゃん』など、今もなお読み継がれているベストセラー絵本を数多く残した、かこさとしさん。
かこさんの、戦争をテーマにした幻の遺作が見つかった――そうNHKが報じたのが2023年のことです。 見つかった原稿のタイトルは『くらげのパポちゃん』。しかし、見つかったのは原稿のみで、絵はついていませんでした。
かこさんの遺志を継いだのは、かこさんの孫である中島加名さん。奇しくも、かこさんが『くらげのパポちゃん』の原稿を書いたときと同じ年齢でこの作品に出会い、絵を描くことになりました。
『くらげのパポちゃん』に描かれているのは、戦争を二度と起こしてはならないというかこさんの強い思いです。その思いが祖父から孫へ、そして読者である子どもたちへと受け継がれる――それが、この絵本と言えます。
2025年は、終戦から80年にあたります。 太平洋戦争の時代に生きた、また、焼け野原となった戦後の日本で強く生き延びたと証言する人はかなりの高齢となり、鬼籍に入られた方も少なくありません。
一方、世界を見渡せば、この瞬間にも戦争が継続しており、多くの人々が命を落としています。 「戦争経験を語り継ぐ」「平和への想いをつなぐ」ことが重要なテーマとなっている今だからこそ、多くの人に伝えたい絵本です。
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