●私も仕事と子育てを両立していた母親でした。
───『子どものアトリエ 絵本づくりを支えたもの』には、代表作誕生にまつわるエピソードだけでなく、西巻さんの子どもの頃のお話や、2人のお子さんを育てた、子育てエピソードが載っていますね。
子どもは『わたしのワンピース』が発売された2年後に長男、続けて長女と生まれました。絵本作家として活動をしていた私にとって、子育てをすることは絵本作りに大きな変化を与えてくれました。
───毎晩寝る前に、お子さんの好きな本をそれぞれ1冊と、西巻さんの読みたい本を1冊、読み聞かせをされていたんですよね。
私を挟んで、両側に子どもたちが寝てね。3人で絵本をのぞき込んでいました。本にも描いたけれど、我が子はかこさとしさんの絵本が好きでね。私は子どもたちにつられて、かこさんの絵本をよく見るようになったのよ。そうすると、子どもたちが隅から隅までじっくりと絵本の見ていること、絵を通して著者と子どもが心と心でつながることができることを教えてもらいました。
───絵本ナビには子育て真っ最中のお母さん、お父さんがたくさん絵本を選びにやってくるのですが、先輩ママとしてアドバイスをお願いできますか?
今、子育てと仕事を両立しているお母さんが多いでしょう。私も、仕事をしながら子育てをするということを自分に課していたから、分かるのだけれど、「●●しなくてはいけない」と思い込んだ子育てはあまり良くないと思うのよ。先ほど、毎晩、子どもたちに絵本を読んだと言ったけれど、仕事が終わって、子どものこともやって、子どもと一緒に布団に入るころには、もうクタクタ。しかも、子どもって同じ本を何回も読んでと持ってくるでしょう。子どもよりも先に寝てしまうことも何度もありました。子どもに続きを読んでくれってつつかれて起こされたりしてね(笑)。
───西巻家の、ほのぼのとしたやり取りが目に浮かぶようです。
そんな子育てだったけれど、娘が高校生くらいになったとき、友だちが家にたくさん遊びに来たことがあったのね。私の仕事場と、娘の部屋が近かったから、やり取りが聞こえてきたんだけど、みんなで『ぐりとぐら』の話をしているの。この場面が好きだったとか、キャーキャー言いながら話をしていてね。私はあまり子育てに熱心な母親ではなかったけれど、子どもの中に、小さいころ読んだ絵本の記憶は、大きくなってもずっと残っているんだって分かったときは、嬉しかったですね。
───今、お子さんに絵本を読んでいるお母さん、お父さんにとって、とても励みになるエピソードだと思います。
だからって、絵本を読まなくてはいけませんよというわけではないのよ。あまり気負わず、普通にしてれば良いと思いますよ。
───『子どものアトリエ』の中に、西巻さんの子どもの頃のエピソードも登場しますが、西巻さんご自身も、幼い日々の記憶を鮮明に覚えていらっしゃいますよね。
これは、もう出版社に言われて、絞り出すようにして思い出したエピソードなんですよ(笑)。
───物心つく頃は戦時中で、空襲のことや、栃木県や千葉県へ疎開されたことなどが綴られています。厳しい時代だったと思うのですが、軽快な語り口で書かれているため、とても明るい印象で、初めて食べた「黄色い卵がぽっかりと浮かんでいる、真っ白いお粥」のエピソードなど、とても微笑ましく感じました。
もう覚えていないことも多いのだけれど、ところどころはっきり覚えていることもあってね。疎開先で食べた砂糖の甘さや、お餅の美味しさなんかは、ふしぎと覚えているのよね。
●銀座で展覧会ができるなんて、とても嬉しいことでした。
───「西巻茅子 絵本デビュー50周年記念展」は西巻さんにとって初の銀座での展覧会とのことですが、実際に展示を見た感想を伺えますか?
こうやって、デビュー当時の原画から、今までの作品を展示してもらえるのは滅多にない機会ですので、嬉しいです。教文館のスタッフの方がとても力を入れてくださって、我が家に何度も足を運んでは、昔のリトグラフの作品や、普段使っている画材なんかを選んでいかれてね。どんな風に展示するのかなと思っていたのですが、とても良い形で展示してくださったので見ごたえがあると思います。
───『わたしのワンピース』と『ぞうさん』はすべての原画が展示されているんですよね。
そう。これはなかなかすごいことなんですよ。普通、この作品から2点、こちらの作品からは3点……という風に原画を展示することが多いんです。でも、絵本を読んでくれた人は、はじめから終わりまで全部見たいわよね。なので、全点を並べていただいたのは、すごくありがたいと思っています。
───お父さんが使われていたパレットも展示されていますね。想像していたよりも大きくてびっくりしました。
父のパレットは、我が家の玄関にずっと飾ってあったものを展示しています。私の展覧会なのに、何で父の絵を飾るんだろうって最初は思ったんだけど、私の絵本作家としての50年を見せるにあたって、やはり、父の存在というのは大きいんですよね。でも、実際に飾ってあるパレットと絵を見たときは、ちょっと恥ずかしいような気持ちもあったわね。
───『えのすきなねこさん』(童心社)は、洋画家だったお父さんをモチーフに描かれた作品だと『子どものアトリエ 絵本づくりを支えたもの』に書いていらっしゃいますね。
そうそう。父が亡くなったときに、生前使っていたイーゼルや絵の具箱、パレットなんかをもらってきてね。それを毎日眺めながら描いた作品なのよ。今回の展覧会は、前期と後期に分かれているんだけど、『えのすきなねこさん』は後期に全点原画を飾る予定でいるの。
───それは、ぜひ観に行かないといけませんね!
私自身、この50周年展がひとつの節目だと思っているんですよ。今年の4月で78歳になって、もうおばあちゃんじゃない(笑)。若いころのように作品を作り続けることもなかなか難しくなって、オリジナルの絵本はなかなか描けなくなっているのよ。でも、絵は描けると思うから、『えのすきなねこさん』じゃないけれど、好きな絵を描きながら暮らしていけたらいいなぁと思うの。
───西巻茅子さんの絵本のファンとしては、ずっと新作を見たいと思うのですが……。
こぐま社の編集者さんにもそう言われて、何とか出したのがこの『子どものアトリエ 絵本づくりを支えたもの』です。この本は、私が初めて書いた文字の本……というと変だけど、エッセイのようなものです。文章もたくさん書きましたが、絵本を描くきっかけになったリトグラフの作品や、『わたしのワンピース』のラフスケッチ、あと、私の略年譜などカラーページも充実していると思います。
───文章のいたるところに、かわいいイラストが載っているのもファンには嬉しいですね。表紙のイラストもとてもステキですが、描きおろしなのですか?
これは、『かなえちゃんへ―おとうさんからのてがみ―』(作: 原田 宗典 出版社: 福音館書店)を描いたときの習作なんです。私は絵本を描くときに、下絵を何枚も描くんだけど、どんどん捨ててしまうのね。でも、これはよく描けたと思ったみたいで、珍しく手元に残していたの。それをこぐま社の編集者さんが見つけて、今回の表紙にしたいと言ってくださったんです。
───パッと目を引く、とてもかわいい表紙ですね。
このエッセイと、今回開催していただいた「西巻茅子 絵本デビュー50周年記念展」で、絵本を描くことに対する私の想いのようなものは、ほとんど全部見せてしまったと思います。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思っています。
───貴重なお話をたくさん伺うことができました。ありがとうございました。
西巻茅子 絵本デビュー50周年記念展
会期:2017年4月15日(土)〜5月7日(日)、5月9日(火)〜5月28日(日)
時間:11時〜19時30分
会場:銀座 教文館9階 ウェンライトホール
第2会場:教文館6階 子どもの本のみせナルニア国
入場料:大人800円/大・専門学校生500円/小・中・高校生100円
URL:http://www.kyobunkwan.co.jp/narnia/archives/info/50-6
●インタビュー動画を公開しました。
取材・文/木村春子
写真/所靖子