「なあ、『牛飼い』って、しってるか? 牧場で、牛のせわして、くらしてる。それが牛飼いだよ。かんたんだろ? でもあのでっかい地震のあとは、かんたんじゃなくなった。うちの牧場は、原子力発電所の近くにあったからだ。」
大地震の約一時間後、原発施設を津波がおそい、事故がおこりました。 町にはだれもいなくなりました。事故によって放射能がひろがったからです。 花、ホトトギスの鳴き声、紅葉、雪模様、星空。うつくしい土地はかわらないのに、目に見えない放射能があるというだけで、意味がかわってしまいました。 「もうここに住まないでください」「牛たちの殺処分に同意してください」国の役人がなんどもいいにきます。 330頭の肉牛。放射能をあびて食えない、売れない牛たち。それでものどがかわき、おなかがすく牛たち。 「だれもいなくなった町の牧場に、オレはのこった。そりゃ放射能はこわいけど、しょうがない。だってオレ、牛飼いだからな。」
直木賞作家の森絵都さんが文章を書き、『パパのしごとはわるものです』などでいま注目のイラストレーターの一人、吉田尚令さんが絵を描いた絵本です。 福島第一原子力発電所からたった14キロ地点。警戒区域内にとりのこされた「希望の牧場・ふくしま」を森絵都さんと吉田尚令さんは訪れ、この絵本をつくりました。 「希望」ってなんだろう? そして「放射能」っていったいなに? 生き物が「生きる」ってなに? いろんなことを考えるきっかけになると思います。 みじかい文章で場面は構成され、「牛飼い」の語りが一場面、一場面、まっすぐ読み手にとどいてきます。 言葉の意味がすべてはわからなくても、吉田尚令さんの絵と森絵都さんの文から伝わるなにかが、きっと子どもたちの糧となるでしょう。これからの時代、なおさらに。 いまもエサ不足が深刻な牧場。絵本売上げの一部が活動資金として寄付されるそうです。 牛も人もほかの動物もみな、いま生きている。意味があっても、なくても。それを受け止めたいですね。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
この絵本は、福島原発の警戒区域内に取り残された「希望の牧場・ふくしま」のことをもとにつくられた絵本です。「希望の牧場・ふくしま」では、餌不足の問題が深刻化していくなか、今も牛たちを生かすための取り組みが続いています。東日本大震災のあと発生した原発事故によって「立ち入り禁止区域」になった牧場にとどまり、そこに取り残された牛たちを、何が何でも守りつづけようと決めた、牛飼いのすがたを描き出します。
闘いつづける「希望の牧場」のすがたを、「悲しみ」ではなく「強さ」をこめて絵本に残せたらと考えました。 ―森 絵都
太くて真っ直ぐなものが貫いている絵本だと思いました。その太くて真っ直ぐなものとは何だろう?
納得できないことには屈しない牛飼いさんの意思。「牛飼いは牛にエサをやるのが仕事、俺は牛飼い」という、ただただそれだけの思い。この現実を多くの人に伝えたいという森絵都さんと、吉田尚令さんの思い・・・。
「希望の牧場」の「希望」とは何だろう?
「変だ」と思うことに屈しない牛飼いさんの姿勢。「生」を全うすることが大事という考えを貫く生き方。そして、牛飼いさんを支える人々の存在。そういう人々の思いが結実して、元気に動きまわる牛たちの存在。
書いていて気づきました。この絵本を貫いているのは「希望」だと。
絵も文も、素晴らしいです。最後の2ページ、するべきことを淡々としている人たちの姿が心に沁みてきました。
*朝日新聞「プロメテウスの罠」の2015年6月4日から7月8日は、「希望の牧場」のことがテーマでした。6月28日から30日は、森絵都さんと吉田尚令さんによるこの絵本作りの経緯が書かれています。 (なみ@えほんさん 50代・ママ )
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