“にちげつまる”という大きな船がありました。にちげつまるは、広い海を走り続けましたが、その部品は少しずつ古くなっていきます。 ある時、「ハンドルが古くなった。新しいものと取り替えるんだ」と船長が言い、新しい部品に取り替えられました。しかしなぜか、年をとった船員は古いハンドルを自分のうちに持って帰りました。
にちげつまるは、あちこちを走り続け、部品は次々と取り替えられていきました。そして船員は古い部品の全てを持ち帰りました。帆・マスト・碇・船板、最後に船の一番大事な部分・竜骨まで。
その後、船員は仕事を辞めました。そして、集めた“にちげつまる”の部品を使って、一体何をしたでしょうか?
この作品のテーマは“テセウスの船”。“テセウスの船”とは、「テセウスの船が、長い月日をかけて、構成するものが全て置き換えられたとき、元の船と、置き換えられた船は、同じものといえるのか、それとも違うものなのか」という古代ギリシャの哲学者プルタルコスが投げかけた問いのことです。この問いは、古代から哲学者たちが議論を闘わせ、明確な答えのないパラドクス(一見正しいようで実は正しくはない、あるいは、正しくなさそうでいて実は正しいなどという意味)として知られています。
作者の曹文軒さんは「絵本は哲学に最も近い芸術」として、子どもたちに“テセウスの船”の問いを投げかけるこの絵本を作りました。曹さんは、中国の小説家・児童文学作家で、2016年には子どもの本の世界的に権威ある賞・国際アンデルセン賞を受賞されています。本作は、日中共同絵本プロジェクトという、中国の作家と日本の作家を結んで絵本を制作するシリーズの一冊。非常に意欲的で深いテーマのこの作品の絵は、日本の絵本作家・石川えりこさんが、抒情的に伸びやかに描いています。
この絵本から、この問いに対して自分だったらどう考えるか、子どもたちと一緒にぜひ考えてみてください。
(徳永真紀 絵本編集者)
どちら船が私かわかりますか?
わたしは、にちげつまるという船です。 大きくて美しくて波をけってすすむ すばらしい船です。 昼も夜もひろ〜い海をはしりつづけています。
ある日、船長が、「追い風に乗って波をけって進むために」舵を取り替えると言いだしました。 それからも船長は、美しい船の部品を次々と取り替えてしまいます。
すべて部品を取り替えられてしまった船は、どうなったのでしょうか?
【編集担当からのおすすめ情報】 ギリシャの伝説「テセウスの船」を元に、作者は、哲学的テーマを子どもたちと一緒に考えたいとこの物語を創作しました。 一緒に考えてみませんか?
古くなって部品を取替えられながら航海している船と、取替えられた部品を全部集めて再生した船と、どちらが本当の自分なのでしょう。
恐ろしく哲学的なテーマを描いた絵本です。
日々生きるために新しいものを身に着けていく身体こそが自分だと思いたい。
それは命でしょう。
でも、今まで捨てて来たものも自分自身に違いありません。
それらを集めて、もうひとりの自分ができたと想像したら、今の自分よりすごいのかも知れないけれど、命は持っていないでしょう。
それは魂かも知れないし、歴史かも知れないし、幼い頃に思い描いていた理想の自分自身かも知れません。
私は船ではないから、2艘の私自身が出会うことはないでしょうが、この絵本を読んで、様々に空想しました。
どっちが本当の私なのだろう。 (ヒラP21さん 70代以上・その他の方 )
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