
「天気には、歴史をひっくりかえす力があるんです」
そう語るのは、「空見」が得意な十二歳の少年、嵐太郎(らんたろう)。昔は立派なおさむらいの家だったが今は貧乏暮らしをしている花咲家で、姉のおゆきと妹のおふきと三人で暮らしている。嵐太郎の本業は、米屋で買った玄米を杵でついて白いお米にする「つき屋」なのだが、その仕事の合間に、いろいろな相談を受ける。たとえば、あるご隠居さんは、奥さんの機嫌が悪い時には家にいないようにするために、嵐太郎に奥さんが頭が痛くなるのはいつごろか、とたずねる。嵐太郎は、奥さんの虫のいどころと天気の関係に気がついていて、くもりか雨になる時がいつかをご隠居さんに伝える。
「空見」とは今でいう天気予報のこと。どんな風に天気を読むかといえば、基本は、頭上に人さし指を立て、風の強弱、吹いてくる方向、空気のしめりぐあいなどを観察するのだが、その他にも天気を予想する方法がさまざま出てくる。たとえば、ネコの背中をしばらくなで、毛がよくさかだつと空気が乾燥している証拠であるとか、すりばちのごまが香らなくなると、しばらくして天気がくずれるなど。コンピューターも情報も全くない時代、頼れるのは自分の目、耳、鼻、舌、皮膚の五官(五感)だけという状況で、あらゆるものの変化を観察し判断する空見の繊細さが魅力的に描かれる。そして天気が江戸時代の人々の暮らしにとっても重要なことが伝わってくる。
一方で「天気なんて、雨が降るときは降るし、晴れるときは晴れるのよ」と言って、天気を知ることに意味を求めない人もいる。そうした人に対して、嵐太郎は「天気には、歴史をひっくりかえす力があるんです」と語るのだ。
そんなある日のこと、嵐太郎のところに、幕府の機関のひとつである「天文方」のおさむらいの大塚平馬がたずねてくる。何か悪いことをして捕まるのでは? と心配する嵐太郎に、平馬は、嵐太郎の空見の力を貸してほしいという。「今年浦賀に来航した「黒船」が、ふたたび日本にやってくる日を予測せよ」というのだ。国家の一大事といえる大仕事に、嵐太郎はどう立ち向かっていくのか。
「空見」を通じて人助けをする嵐太郎の優しさと明るさが清々しく、魅力的だ。しまざきジョゼさんが描く嵐太郎の姿がまたキリリとしていて気持ちが良い。また、国家の大仕事のために、地形や海の様子を見に出かけた久里浜で出会うイソ吉との友情や、イソ吉が腕を奮って作る美味しそうな料理の数々も注目どころである。
今ではだれもが当たり前に利用している天気予報。あとがきには、江戸時代に天気予報をする人たちが本当に存在していたということが書かれている。
「世界中の天気がわかる日が来る。そして、それをみんなが利用する時代が来る。」 おさむらいの平馬が嵐太郎に向けて語るこのことばは、それが実現している今、なんとも不思議な気持ちにさせてくれる。そして「空見」の重要性と自分の力を信じて、知恵と勇気で道を切り開いていく嵐太郎の姿に勇気づけられる。
江戸時代の空気や文化が感じられるのも楽しく、小学校高学年ぐらいから時代物(時代小説)の入り口としてもおすすめしたい。
(秋山朋恵 絵本ナビ編集部)
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いつかきっと、だれもが空見=天気予報を必要とする時代が来る!江戸に生きる空見の得意な少年が、「黒船再来航の日を予測する」という一世一代のお達しにいどむ、幕末フィクション!
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