のりもの好きな子大集合!
インタビュー
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2021.11.25
50年以上に渡りたくさんの人に愛されてきた、レオ・レオーニの古典的名作『あおくんときいろちゃん』が、『あおくんときいろちゃん ボードブック』になって新発売されました。新しい装丁を手がけたのは、グラフィックデザイナーの佐藤卓さんです。
なぜ今、ボードブック版を出版することになったのでしょう。そして新しい装丁の提案から絵本の完成まで、どのような試行錯誤があったのでしょうか?
至光社の代表取締役・武市晴樹さんと編集者の小沼みさ子さんに新装丁版出版への思いを、デザイン会社TSDO代表で今回の装丁を手がけた佐藤卓さん、向井翠さん、日下部昌子さんに制作秘話をたっぷりと語っていただきました。
出版社からの内容紹介
"絵の具で描かれた青や黄色のシンプルな丸が生き生きと動きまわり、絵本ならではの夢と感動をもたらすロングセラー絵本を、グラフィックデザイナー・佐藤卓氏が装丁したボードブック版。
小さなお子さんからおとなまで、すべての人に優しいファミリーブック。
作者が孫のために作ったという人間愛あふれる絵本。
この絵本の作者レオ・レオーニは長年アメリカで、もっとも活躍した芸術家の一人です。その多彩な創造力は絵画、グラフィック・アート、デザインの各分野で示されています。 1910年アムステルダムに生れ、29才でアメリカに渡り、ニューヨークで創作のかたわらすぐれたアート・ディレクターとして多くの仕事をし、賞も受けています。
こどもの本に初めて抽象表現を取り入れた作品として、歴史に残る名作といわれるこの絵本は、レオーニが孫たちにお話をせがまれた時、ぐうぜん生れたものです。手近の紙に色をつけて次つぎに登場人物を創りだしながら、孫たちもレオーニ自身も夢中だったといいます。
アメリカでは、この絵本の、青と黄とが重なってまったく違った緑になるというテーマが、人と人の心の融和を暗示するものとして、おとなたちの間でも好評を博しています。
世界中からさまざまな人種が集い暮らし、個々の価値観も多様化するこの日本でも、通じるところの多い人間愛に溢れたテーマを、絵本ならではのファンタジーで幼児にも大人にもシンプルに深く伝えてくれる作品です。
みどころ
青と黄色のまるの形が生きているように動きまわり、やがて物語を見出し、読む者の感情が揺さぶられていく。発売から50年以上経った今も、子どもから大人まで年齢に関係なく、世界中で愛され続けるレオ・レオ―二の傑作絵本『あおくんときいろちゃん』。装丁も新たに、ボードブックとして登場しました。
絵本の内容も文章もそのままに、でも小さなサイズとなったボードブック版。ところがその佇まいは、ずっと前からあったかのように自然です。そのまま机に立てられる程の厚みがありながら、決して重すぎず。コーティングがかけられ、更に鮮やかに輝く色彩も、違和感ないまま明るく目に飛び込んできます。
デザインは、グラフィックデザイナーの佐藤卓さん。やはりグラフィックデザイナーだったレオ・レオ―二が、絵本作家となるきっかけとなったこの作品。手がけられるにあたって、かなりの試行錯誤を繰り返されたのだそう。角の丸み、開きやすさ、書体、大きさ。小さな子でも楽しめるような工夫が施されながら、大人がコレクションしたくなる完成度。
「どんな人でも楽しめるように」
この絵本に関わった全ての人たちの声が聞こえるようです。クラシック版と合わせて、改めて欲しくなるこの1冊。ギフトとしても、ずっと大活躍してくれそうですよね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
───『あおくんときいろちゃん』は、1967年に日本で出版された超ロングセラー絵本です。それをボードブック版として新たに出版したのは、なぜでしょうか?
武市:きっかけは、4年前の2017年秋に、レオ・レオーニさんのお孫さんであるアン・レオーニさん(以下アニーさん)から送られてきた記事でした。アニーさん自らが執筆し、出版・書店ニュースを扱うアメリカの週刊誌「PUBLISHERS WEEKLY」に掲載された記事には、祖父レオ・レオーニさんが1958年にアメリカ政府の依頼で手がけた万国博覧会の特設パヴィリオン「未完成の仕事(Unfinished Business)」の中で、ごく短期間で展示から取り下げられた1枚の写真の存在を初めて知り、『あおくんときいろちゃん』に新たな発見と解釈が加わったことが書かれていました。
武市晴樹
「0歳から100歳までのすべての子どもたちへ絵本を届ける」をモットーとする至光社の取締役代表。祖母と父親が設立した至光社を兄・直樹さんと共に受け継ぎ、普遍的なメッセージを持つ良質で美しい絵本を世に送り出している。
小沼みさ子
至光社の編集者。大学生の時、前代表・武市八十雄氏の「感じる世界の絵本」への想いに感銘を受ける。洋書絵本卸会社を経て、縁あって至光社に入社。以来、月刊「こどものせかい」と上製本絵本の制作を担当。
───アニーさんは、なにを発見したのでしょうか?
武市:「未完成の仕事(Unfinished Business)」は3部構成になっていて、アニーさんが注目した写真は、第3部「望まれる未来」の終わりに展示された、さまざまな肌の色をした7人の子どもたちが手をつなぎ輪になって、マザーグースの一節『Ring a Ring o‘Roses(バラの花輪をつくろう)』を歌いながら踊っているものでした。彼女はその写真の構図が、『あおくんときいろちゃん』の1場面にそっくりなことに気づいたそうです。それがこちらのページです。
武市:詳しい経緯は、『だれも知らないレオ・レオーニ』(2020年発行版/著:森泉文美・松岡希代子、玄光社刊)に書いてありますが、簡単にいうと、「異なる人種の子どもたちが一緒に遊んでいる姿が、アメリカの望ましい未来の象徴とされることに違和感を感じる」という、アメリカ南部の一部議員の声が発端となり、アメリカ政府の圧力によって展示が閉鎖されてしまったのです。
───1958年のアメリカでは、人種差別を受けていた黒人をはじめとする有色人種がマーティン・ルーサー・キング牧師らの呼びかけによって、アメリカ南部で盛んに「公民権運動」が繰り広げられていました。レオーニさんが「望まれる未来」の展示写真で示唆した、いろんな人種の人が仲良く暮らす社会には、ほど遠かった状況です。
武市:アニーさんは、展示閉鎖事件で忸怩たる思いを抱いていたレオ・レオーニさんが、『あおくんときいろちゃん』を作ることで「未完成の仕事」を「完成」させたのではないかという考察を、記事で綴っていました。
元々『あおくんときいろちゃん』は、レオ・レオーニさんが娘さんとお孫さん2人を連れてニューヨークに買い物に出かけた際、デパートでぐずりはじめたアニーさんと兄のピッポさんを先に電車で連れて帰るときに、退屈してふざけだした2人のために、雑誌の校正紙をちぎって即興で作ったおはなしが原形になっています。子どもらしい無邪気な物語の根底に、レオ・レオーニさんの平和への強い意志と願い、そして信念が存在していたことに、アニーさんが改めて気づいたというわけですね。
───『あおくんときいろちゃん』は、グラフィックデザイナーだったレオ・レオーニさんがはじめて作ったおはなしであり、絵本作家となるきっかけにもなった作品です。即興で作ったおはなしに、そのような深い意味が込められていたという考察は、他の作品の解釈も一変させる発見ですね。その気づきが、ボードブックの出版にどう繋がっていくのでしょうか?
武市:アニーさんの考察記事を踏まえて、日本でも「未完成のビジネス」など、これまで公開されていなかった作品を中心にした展示会「だれも知らないレオ・レオーニ展」(2020年開催/主催・板橋区立美術館、朝日新聞社)が企画されました。その中で、私たちも『あおくんときいろちゃん』という作品を今の時代に再提示して、次の時代を生きていく子どもたちへ思いをつないでいこうという話が社内で持ち上がったんです。
それまで『あおくんときいろちゃん』は、海外でも日本でもハードブックの仕様で出ていましたが、アメリカをはじめ各国でボードブックという形で再提示されているという流れがあったんです。私たちもその文脈に従って「ボードブックをやりたい」とアニーさんにおはなししたら、即OKをいただけました。ところが、「どんなボードブックにするか」というところで良い案が浮かばず、悩んでしまって。
武市:そんなある日、会議で弊社の会長・武市直樹が「佐藤卓さんにお願いしてみよう」と言い出したんです。実は、私の家内は佐藤卓さんがすごく好きで。以前彼女に勧められて読んだ佐藤さんの仕事哲学を記した『塑する思考』の内容が深く心に響いたものですから、印象に残っていました。でもとても有名なグラフィックデザイナーの方なのでお仕事を引き受けてくださるかわかりませんでしたが、「ダメ元でも、とにかく思いだけはぶつけてみよう」と、佐藤さんとお話しをさせていただいたのが始まりでした。
───佐藤さんは、ボードブック版制作のオファーを受けて、どんな形にしようと考えましたか?
佐藤:すぐには思いつきませんでしたね。なにしろレオ・レオーニはグラフィックデザイナーとしてもレジェンドの方で、その方が生み出した『あおくんときいろちゃん』は名作ですから。まず、そこに触れるということに対して、かなり緊張感がありました。すでに素晴らしいモノがあるのに、それ以上なにができるんだろうかと。でも、ボードブックという形態を考えていると伺って、それなら今までとは違う存在感になるものが作れるのではと想像することができました。
佐藤卓
グラフィックデザイナー。株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立(2018年4月に株式会社TSDOに社名変更)。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」等のパッケージデザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」等のシンボルマークを手掛け、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導、21_21DESIGN SIGHT館長およびディレクターを務めるなど多岐にわたって活動。著書に『クジラは潮を吹いていた。』(DNPアートコミュニケーションズ)、『塑する思考』(新潮社)等。
───どんな想像をしたのですか?
佐藤:一口にボードブックと言っても、小さなものから大きなものまで、判型は様々です。そこは至光社のみなさまを含め、みんなでいろいろなディスカッションをしながら探っていきましたが、最初の会話で、「小さな塊みたいなものが作れないか」という提案をした記憶があります。ボードブックなら、小さなお子さんが扱える強度や耐久性が出せるので。
───本ではなく「塊」ですか?
佐藤:そう、ブロックみたいなイメージですね。ボードブックは1ページにある程度の厚みがありますから、できあがりが箱のような塊だったらおもしろいなと。本というと薄いもの、子どもにとっても比較的平らな板状のもので、ページをめくって読むというイメージですが、僕は、子どもたちが本というよりもモノを手にするような感覚にできたらと思ったんです。
───そのアイデアを聞いたときに、編集者の小沼さんはどう思いましたか?
小沼:「塊」という言葉を聞いたときにすごく感動して、「作りたい!」と思いました。ただ実現するには、いろいろとクリアしなければいけない課題が多かったんです。
───日下部さんは、その「塊」の構造を検討する部分で、制作に参加なさったのですね。
日下部:そうです。産休に入った向井のピンチヒッターで「本の塊の構造部分」を検討しました。ボードブックは子どもの頃からあるものなので、従来通りに作れば良いと思っていたのですが、いろいろ試行錯誤することになって。シンプルに見えて、かなり考えて作られているんだなと気づきました。
日下部昌子
新潟県佐渡島生まれ、埼玉育ち。両親が毎週末に自宅で家庭文庫を開いていたため、幼い頃から本に囲まれて育つ。小学3年、「視覚サーカス」展(銀座松屋)で福田繁雄の作品に出会う。中学2年で家の間取り研究にはまり、インテリアデザイナーという職業に漠然と憧れ、中学3年で図書館にあった『年鑑日本のグラフィックデザイン』を見てグラフィックデザインに興味を持つ。桑沢デザイン研究所でグラフィックを専攻し、卒業後、デザイン会社2社を経て、2000年にTSDO入社。エスビー食品「SPICE & HERBシリーズ」、KAAT神奈川芸術劇場のロゴマーク及びサイン計画、グラフィック社『一汁一菜でよいという提案』の装丁、ミツカン「ZENB」の立ち上げ、ほぼ日「ほぼ日手帳」を担当。
向井翠
神奈川県川崎市生まれ。イラストレーターの父の影響で、小さい頃から絵を描くことが好きだった。幼稚園に通うようになると、当時流行っていたセーラームーンの影響で、おしゃれな女の子の絵を好んでよく描いていた。桑沢デザイン研究所に入学し、様々な課題に明け暮れる日々を過ごす中で初めて、世の中のモノは全て誰かによってデザインされていることに気づくとともに、その1人に自分もなりたいと考えるようになり、この業界に身を置くことを決意する。卒業後、グラフィックデザイン事務所(SAFARI inc.)を経て、2015年7月株式会社TSDO入社。
小沼:「塊」のカタチを検討する中で、やはりクリアすべき技術的な課題の多さから、今回はそのアイデアを眠らせておいて、従来のボードブックのような仕様になったんです。
佐藤:あまり分厚くすると子どもたちの手に余ってしまいますし、親御さんが開いて見せるにしてもゴツくなって「かわいらしい」存在感がなくなっちゃうなと。文字も入りますし、まずは読み手が扱いやすいほどほどの大きさがいいのではないかということで、最終的に16cm×16cmの正方形で、背表紙の厚みが2.2cmというカタチになりました。
───できあがったボードブックは、角の丸みの手触りがすごく良いですね。実際にお子さんに触ってもらうなど、検討を重ねたのでしょうか?
向井:そこまではできませんでしたが、どのくらいの厚さでやさしい感じが出るのか、肌に当たったときに痛くないかというところを考えながら、カタチを決めていきましたね。
佐藤:実はその丸みをつけるのが、この本作りでもっとも難しかったんです。最初にカットした本は、90度の角になります。その次に丸くカットするのですが、そうすると裁断機で真っ直ぐに刃を当てた部分と、丸い刃を当てた部分の境目に尖りが出て、綺麗に丸くならないんです。でもこのボードブックは、レオ・レオーニさんの優しい願いを、未来を担う小さな読者たちに届けるために作るものですから、手触り良く優しく丸くしたかった。そこは武市さんと小沼さんにかなり無理なお願いをして、こだわったところです
武市:執念でしたね(笑)。ボードブックは2枚の紙を貼り合わせて作るので、1ページの厚みが1mmになります。厚みがあると重くなるので、仕様を決める際に佐藤さんと向井さんと話をして、なるべく軽い紙にしようということになりました。「塊としての厚みと軽さを追求したい」と印刷会社さんに相談して、密度の低い紙で束見本(製本サンプル。本の厚みや重さを正確に把握するために作り、実際の仕上がりイメージを確認するために使う)を作りました。
束見本は、実際の製本と同じ機械を使って同じ工程を経て作られますが、冊数が少ないのもあって、ある意味手作業で作っているのに近く、かなり正確な仕上がりになっています。ところが、いざ製品を作る段階で、一度にたくさんの本を製本するラインに乗せた時にいろいろなハプニングがありました。
───どんなことが起きたのでしょう?
武市:私と小沼が製本工場に出向き、最初に製本ラインにのせた頭出しの50冊ほどを見たのですが、本を裁断する時に機械で押さえる部分に、看過できない凹みがついていたのです。そこで工場の方の提案で、機械とボードブックの間に天地に1枚ずつ厚紙を入れて3冊重ねて切るようにしたのですが、凹みがなくなったかわりに、裁断の位置に狂いが生じやすくなって、角が綺麗に丸く切りとれなかったり、場所がずれたりといろんなところで誤差が出てしまいました。量産するとなるとアクシデントがあるのは折り込み済みでしたが、出来上がりにバラつきが出るのがもっとも怖いことなので、腹をくくって最大限の努力をしようと。それでなんとか「これでOK」という判断となり、工場から引き上げたのですが、翌日の朝に、「やはりもうすこし丸みがほしい…」と小沼が動きました。
小沼:工場から帰った日の夜、自宅に持ち帰った見本誌の角を触っていたら、ちょっと尖っている感じがしたんです。いろいろな事情を鑑みて「OK」を出したのですが、そのほんのちょっとの違いで、佐藤卓さんの思いとはまったく違うものになってしまうのではないかと考えたら、心配で悶々として眠れなくなってしまいまして……。朝一番で武市と電話がつながらず、そのまま工場の製本責任者の方に相談をしたところ、快く再検討を受け入れてくださり、改めて手作業による仕上げのチャレンジをしていただきました。
小沼:次の日届いた見本誌は、ずっと触っていたくなるくらい、本当に綺麗な丸みが出ていて、感激でした! これなら佐藤卓さんはじめ、心をこめてデザインしてくださった方々の気持ちに応えるものができあがったんじゃないかしらと思って。本当に現場の方々には、感謝しています。
───手にしている1冊の本の、ちょっとした角の丸みに、そんな紆余曲折があったとはびっくりしました。本を作る過程に関わって来たたくさんの人たちが、それぞれの持ち場で心を配って作られたものだったのですね。佐藤さんは、そうやっていろんな人の想いがカタチになった本を実際に手にしてみて、いかがでしたか?
佐藤:もう、すばらしくて。よくできているものって、簡単にできあがっているように見えるんです。プロのスポーツ選手も、簡単にプレイしているように見えるでしょう。実はそこが重要で、モノを見て苦労が見えるようでは、まだまだ。そこまでこだわってできあがった本ですが、パッと手にとったときは簡単にできているように見えるでしょう。だからこそ、子どもにもすごく身近なものに感じてもらえる。簡単で、楽しくて、明るくて、そばにあったものを何の気なしに手に取るような。僕はそういう入口を、作りたかったんです。レオ・レオーニさんが作った絵本の内容が、まさにそういうものだから。デザインによって、難しそうに見せてはいけないということですね。
───そこにもレオ・レオーニの精神と、その精神を丸ごと読者に渡そうという佐藤さんの信念が宿っているのですね。カタチの検討に加わっていた日下部さんはいかがですか?
日下部:実は私が入っていた段階では、背表紙も丸くしようとしていて、何度も試作品を作っていただきました。私がいた期間は、その試行錯誤で終わってしまったくらいです(笑)。結果的に実現はしませんでしたが、すごくおもしろかったですね。
佐藤:角のない本にしたかったので、当初はそういった無茶な相談もしていました。
日下部:私は、無茶だと思っていなかったんです。
佐藤:ええ!? 私は思っていましたよ(笑)。
───開く側と同じことをすればできそうだと感じますが、ボードブックは厚みがあるので、閉じる部分には独特の仕掛けが必要になるんですよね。
武市:そうなんです。構造上の問題もありますし、使い続けているときにどうなるかや製造工程のこともあるので実現できませんでした。
───復帰した向井さんは、この角の丸みをどう感じましたか?
向井:皆さんがすごく苦労して、がんばってくださったことを知り、手元に見本誌が届いて封を開けるときは、背筋を伸ばして丁寧に広げさせていただきました。すごく綺麗な佇まいの絵本で、工場の皆さまはもちろん、至光社の皆さまにも、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。
───16cm×16cmのボードブック版は、21cm×21cmのハードカバー版と比べると、かなり小さくなった印象です。レイアウトや文字の大きさなど、全体的な変更が必要だったと思いますが、佐藤さんはどのように方針を立ててレイアウトを組んでいきましたか?
佐藤:指針となるべき大元の初版絵本(『Little Blue and Little Yellow』1959年刊/マクダウェル・オボレンスキー社発行、後にイヴァン・オボレンスキーに社名変更)をだれも見たことがないので、かなり悩みましたね。でも、できる限り原本がどんな絵本だったかを想像して尊重し、同じものになるようにと心がけて取り組みました。本当に悩んだのは「色」です。紙質も変わるとインクの発色も変わりますし、さらにボードブックにはコーティングをかけるので、色のニュアンスも変わります。その時に、原本というはっきりした目標がないので、どの辺に色を合わせていけばいいんだろうと。
───見たこともない原本を想像して色味を作るなんて、どうやったらよいか想像できないほど、大変な取り組みだと感じました。なにか手かがりにしたものはありましたか?
佐藤:先ほど武市さんがおはなししてくれた、『あおくんときいろちゃん』が生まれたエピソードです。レオ・レオーニさんがどんな気持ちで、最初に孫たちの前で紙を切って作ったのかな、きっと綺麗で鮮やかな色で見せたかったんじゃないのかなと想像して、向井、日下部と一緒に悩みながら探っていきました。
───ボードブックを見ると、発色が綺麗で鮮やかですごく素敵です。小さな子は、ハッキリとした色の方が見やすいので、やはり小さな読者に楽しんでもらいたいという思いで、色味の調整を行ったのでしょうか?
小沼:クラシック版の『あおくんときいろちゃん』も、青・黄・緑・赤の特色とスミの5色刷ですが、同じ特色で印刷しても違う色がでてしまうくらい、本当に微妙で難しくて。特に青色がほんのちょっと動くだけで、全体の印象が変わってしまう。『あおくんときいろちゃん』は長く愛されている作品ですので、印象があまり変わらないよう、今回のボードブックに関しては、クラシック版の色に合わせていくという方針になりました。
向井:そうなんです。ですから色校正とクラシック版を見比べて、明らかに色がくすみすぎている部分や、気になったところの調整を相談しながら進めていきました。
佐藤:ボードブックは紙の表面にPPフィルムを貼ってコーティングを施すのですが、そうすることで強度が増し、長い間楽しめるようになります。さらにフィルムのおかげで、紙の印刷よりもさらに鮮やかさが増すんですね。それは当然、前もって計算をして、子どもがパッと目にして「綺麗!」と思える、明るく鮮やかで楽しい感じにしたいと思って、チューニングしました。ですから今、天国のレオ・レオーニさんが、色についてなんて思われているんだろうと、ドキドキしています(笑)。「キミ、ちょっと色が違うんだけど」と言われたらどうしようって、想像して楽しんでいます。
───クラシック版とボードブックでは、文字のフォントが違いますね。良く見ると、文字の大きさも変更されています。どうやってフォントや文字の大きさを決めたのですか?
佐藤:まずはいろいろな書体で「あおくんときいろちゃん」と組んでみました。私は書体名で選ぶのでなくて、そこに合う文字はどれなんだろうと、純粋に文字を決めたいといつも思っているんです。今回も、最初にゴシック体が合うのではと見当をつけていました。せっかく新しくボードブックというカタチで出るので「書体を変えてもいいですか?」と小沼さんにお伺いして。
小沼:はい。その辺は佐藤さんを信頼してすべてお任せしているので、自由に選んでいただきました。
佐藤:そこで、クラシック版のように少し文字と文字の間にスペースを入れて、子どもでも大人でも読みやすい文字間にしたものを各フォントで並べたものを作りました。それらを見比べながら、「それよりはこっちかな」、「これよりはあっちかも」と決めてきました。太すぎず細すぎず、ちょうど良い幅の、どちらかというと文字の個性を抑えた、ニュートラルに見える文字を選びました。
小沼:パッと見たときに「ああ、なんて綺麗なんだろう」と思って。デザインの難しいところはわからないですが、文字の読みやすさ、親しみやすさ、位置、すべてが美しく、しっくりおさまっているんです。実は文章量もページによってまちまちなんですよね。特に長いところは、入れるのが難しかったと思いますが、最初からこうなっていたんじゃないのかしらと思うほど、ぴったりで。
───特に文章が3行あるページは、絵と文字が近くなるので、かなり調整が必要だったのではないでしょうか?
佐藤:そうなんです。3行はけっこう手強くて、ある程度の大きさにすると文字が上のスペースに上がってきてしまいますから、絵とのバランスの兼ね合いが難しかったです。文章量が少ないページと多いページを見比べ、文字の大きさや行間など、なにが最適かを追求して検討しました。絵のレイアウトよりも、文字をどう入れるか、かなり検討を重ねた覚えがあります。実は表紙タイトルと本文では、ちょっと書体が違うんですよ。
───そうなんですか! 見比べても、ちょっとやそっとでは違いが見つかりません。
佐藤:本文の文字は、表紙タイトルよりも少し細くなっています。太いままだと、小さくしたときにつぶれて見づらくなる文字もあるので、読みやすさを重視して。絵本を開くと白の面積が広くて、そこに黒い文字が入るので、このくらい細身の方が強すぎずによいのではないかと。やはり白に対する黒はすごく強い。だから文字が強すぎてしまうと、絵の印象が薄れてしまう。やはり絵本は絵が主役なので、ほどほどの細さの方が良いかなど、向井とキャッチボールを重ねて。
向井:実はクラシック版を買って子どもに読み聞かせしてみたところ、明朝体で小さめの文字を使っているので、膝の上に子どもを座らせて読むには見づらいなと感じていたんです。ボードブックは判型も小さくなりますし、おじいちゃんやおばあちゃんも読み聞かせをすることもあるんだろうなと想像して、では祖父祖母世代でも読めるような文字の大きさはどのくらいなのかと、佐藤とディスカッションをして詰めていって着地したものが、ボードブックに反映されています。
───そんな風に、絵本を読む人やシチュエーションまで想像して、デザインが決められていったのですね。
───『あおくんときいろちゃん』は、人気ランキング上位の「絵本ナビ プラチナブック」として選ばれていて、235人のユーザーさんからのレビューコメントがつけられています。なかでも、2歳くらいのお子さんと楽しんでいる方が多いのですが、みなさんが『あおくんときいろちゃん』で好きなところを教えてください。
武市:私自身が歳を重ね、子育ても終えたくらいの感覚でいうと、まさにこんな気分です。
武市:あおくんときいろちゃんがみどりになったわけがわかって、「おやたちも うれしくて やっぱりみどりになりました」というところが、すごく好きなんです。親は、子どもによって親にされていくので。子どもが生まれたことで付き合いが広がったり、ものの見方が新しくなったり。そんなこともあったので、個人的にじんわりきました。
小沼:この絵本を読むと、本当に単純にうれしくなるんですよね。気持ちがポッとなって。あおくんときいろちゃんが出会う場面、このあと「もう うれしくて うれしくて」「とうとう みどりに なりました」と、うれしさが広がっていくところが、すごく好きなんです。
向井:私は、「あおくんです」という唐突な導入部が斬新だなと思いました。「昔むかし、あるところに」のように、説明から入るのではなく、ポンと青いドットが本の中に存在しているのがすごくかわいくて、おもしろくて。もうすぐ2歳になる子どもにせがまれて、頻繁に『あおくんときいろちゃん』を読んでいますが、やっぱり最初の「あおくんです」でケラケラ笑い出すんです。つかみがすごいなと驚きました。
日下部:実は私の両親が自宅で家庭文庫をしていたので、私が生まれる前からに『あおくんときいろちゃん』が置いてありました。この本は本当に色の楽しさが印象的で。この絵本がきっかけかどうかはわかりませんが、小さい頃に水に絵の具を混ぜる色水遊びをよくしていたので、「色の教科書」みたいな存在ですね。やっぱり色だけで表現しているので、すごく想像力をかき立てられるところがすばらしいなと思います。
佐藤:私も父がグラフィックデザイナーだったので、いつの間にか自然に情報として自分の中にあって、いつ出会ったのか覚えていません(笑)。だから改めて今回の制作で絵本を拝見して、そのすごさとすばらしさを再認識させていただきましたね。良い意味で浅く楽しく読むこともできるし、大人がもっともっと深くその意味をかみしめながらみることもできるという、こんな広い間口を持った絵本は唯一無二のものなんだと、改めて思いました。
───最初に武市さんがアニーさんの記事を紹介してくれましたが、まさに大人になって読んでも新たな発見があります。そういう意味で、日下部さんや向井さんがデザイナーという立場で感じる、レオ・レオーニさんの作品の魅力はなんでしょうか?
日下部:子どもの頃はなにも意識せずに、おもしろいから何度も見ていましたが、今思うと、レオ・レオーニさんがデザイナーだったからこそ、具体的な絵ではなく、色とカタチだけで表現したんだなと感じました。人ではなくアイコンとして自由に扱うところも、デザイナーならではのセンスだったのかなと。そういう風にいろいろな表現ができるというのが、何歳で見てもおもしろさを感じるポイントなのかなと。本当にすばらしいと思います。
向井:『あおくんときいろちゃん』は、本当にシンプルなカタチだけで構成しているのにも関わらず、カタチの持つ感情が、絵を見て感じ取れるというところがすごいです。みどりになったあおくんときいろちゃんが悲しくて泣いているところも、紙を細かくちぎってあるグラフィックがあるだけなのに、そこに悲しいという感情がちゃんと存在していて。シンプルなもので、そこまで共感を生み出す表現ができるというのは、すばらしいなと感じました。
───編集や出版社の立ち場からは、どう感じますか?
小沼:私は『フレデリック』が大好きなんですが、『あおくんときいろちゃん』に限っていうと、レオ・レオーニが描いた絵本の、本当に最初の1冊目であるというのが、一番の大きな魅力だと思います。藤田圭雄先生の添え書きに「そこには無理もなければ作意もない」とありますが、本当にその通り。レオ・レオーニの人としての深い思い、人と人との交わりや平和、人種差別などに対してずっと胸に抱えていたものが、孫との遊びの中で、ふっと”出て”きた。その貴さがあると思います。
武市:『あおくんときいろちゃん』からは、子どもの持つ力のすごさをものすごく感じます。物語の中でも、子どもがすべてを動かしていく、純粋な動きがあるでしょう。たぶんレオ・レオーニさんも、電車で騒ぎたくなってしまった子どものエネルギーに引っ張られて、思わずワーッと出てきたものなんだと思います。その瞬間、自分で作ったというよりも、子どものエネルギーで生まれたというか。作品が生まれた背景からも、作品の中からも、命のエネルギーを感じる。それがこの作品の源泉のような気がしています。
───たっぷりとお話いただきまして、ありがとうございました。最後に、絵本ナビ読者へメッセージをお願いします。
佐藤:今は、子どものときから電子メディアを使って、指で遊ぶ時代にはなりましたが、ぜひ紙でできた本をめくって、親御さんと一緒に楽しんでもらいたいです。『あおくんときいろちゃん』は、絵本の中でもとりわけすばらしい作品なので、たくさんの方に触って読んでいただき、改めてこのボードブック版で新しい味わいを味わっていただけたらうれしく思います。
向井:コンパクトなサイズになりましたので、お家の中だけでなく外に飛び出して、いろいろなところでおはなしを楽しみ、その時々の気分でたくさんのことを感じていただけるとうれしいです。
日下部:ボードブックになったことで、本自体も丈夫になりました。紙も破けづらくなっていますので、好きなように持って遊んで、子どもに見てもらえたらと思います。
小沼:赤ちゃんもカミカミ、ベロベロしながら、一緒に育っていって欲しいなと思います。大きくなったらクラシック版も楽しんでという風に、長くこの本と付き合っていって、その人の心の中で一緒に歩いていく存在になったら素敵だなと思っています。
武市:『あおくんときいろちゃん』は、発売から54年の中で52の版を重ねてきました。見る人、年齢によってさまざまなものの見方ができるとみなさんがおっしゃる通り、普遍的なものや根源的なものがおはなしの根底にながれているからこそ、0歳から100歳まで楽しめる。特にボードブック版は、佐藤さんが「間口が広い」と表現なさったように、感覚的、視覚的により物事を感じられるカタチになったという印象が強くあります。
時代は大きく変わっていきますが、この本が1人ひとりにとって、なにか感じるものを深めていく1冊になったら、とてもうれしいなと思います。今回はボードブックというカタチで世に送り出すことになりましたが、今後も『あおくんときいろちゃん』を再提示していくという活動を、しっかり続けていきたいと思います。佐藤さんの「塊」も楽しみにしていてください。よろしくお願いします。
───ありがとうございました。
アニーさんは『あおくんときいろちゃん』のおはなしが生まれるきっかけになった、お孫さんのひとりです。アニーさんから絵本ナビの小さな読者に向けて、素敵なメッセージと写真をいただきました!
【メッセージ翻訳】
親愛なる小さな読者の皆さんへ
『あおくんときいろちゃん』のボードブック版へようこそ。レオおじいちゃんが私と兄のためにこの本を作ってくれたとき、私はまだ2歳だったので、その日の記憶はありません。
その後、おじいちゃんが他の本を作っている間、私はおじいちゃんのアトリエで多くの時間を過ごしていました。机に向かって仕事をするおじいちゃんの近くで、私は自分の取り組みに勤しんでいました。夕方になると、おじいちゃんはアコーディオンを弾き、私と祖母はリビングルームで踊ったものです。
おじいちゃん、おばあちゃんとの充実した時間は、一生の思い出です。
アニー
また、建築家でもあり、レオ・レオーニ作品の保全・広報活動をなさっているアニーさんに「『あおくんときいろちゃん』は、あなたにとってどんな意味を持つものですか?」という質問を投げかけたところ、次のようなテキストを寄せてくださいました。原文と一緒に紹介します。
【原文】
As for what the book means to me now, I often find myself reflecting on it as I work to protect and promote Leo’s work. There’s something about it that captures all of the aesthetics and heartfelt messages of the works that followed so, for me, as the person who deals with Leo’s literary legacy, Little Blue and Little Yellow is a real cornerstone of the work.
【訳】
レオの作品を守り、広める活動をしていると、よくこの本のことを思い出すのです。 この本には、その後の作品の美学と心に響くメッセージのすべてが凝縮されているので、レオの文学的遺産を扱う者として、『Little Blue and Little Yellow』はまさに作品の礎となっています。
取材・文:中村美奈子(絵本ナビ)
ボードブック撮影:所 靖子(絵本ナビ)
撮影協力:至光社、株式会社TSDO
※取材は関係者皆様のご協力のもと、リモートで行いました。