「ねえ、おぼえてる?」
パパと3人でピクニックに行ったときのこと。ぼくがひろってきた野いちごの甘さ。誕生日にパパがくれた自転車にまたがって走り出したあと、支えていたママの手がはなれたとたんに転んだこと。
嵐の夜に停電した時、あなたがママ、ママって呼んでいるのに、わたしはすぐにいけなかったこと。うちを出て、途中で道に迷ったけれど、やっとのことで新しい家までたどりついたこと。
明かりを消したベッドで寄り添う母と子の交わす会話の中に登場するのは、まぶしいばかりの喜びと、言葉にならない痛みをともなう、二人の思い出の場面。やがて暗かった部屋にも日が差しこみ、ふたりだけでむかえるはじめての朝。窓をあけ、魔法がかかったように美しく輝く朝の景色を見ながら少年は思うのです。
「みんな、うまくいく」
今も決して揺らぐことのない、あの朝の記憶。2024年4月に国際アンデルセン賞画家賞を受賞したカナダの絵本作家シドニー・スミスが、自らの子ども時代の体験をもとに3年がかりで完成させたというこの絵本。最も印象的な場面の一つでもある、窓からこちらを振りかえる少年のその複雑な表情からは、すぐに明確な感情を読みとることはできません。断片的に登場する母と子の記憶の中の登場人物たちの表情もどこか捉えどころがありません。だからこそ、読者は何度でも絵を読み込みながらその場の空気やにおい、音や感情を蘇らせていき、自分の中から生まれてくる感情と重ねて紐解いていくのです。
「このことも、いつか思い出にできるかな」
何かを決意したような記憶の中の少年の眼差しは、まるで今の自分を見つめ返しているようでもあり。新しい人生を歩みだす二人を包み込む優しく柔らかい朝の光を眺めながら、大切な瞬間に触れ合えたような気持ちになるのです。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
「ねえ、おぼえてる? パパと3人で、野原へピクニックにいったときのこと」
明かりを消したあとのベッドでかわされる母と子の親密な会話。
喜びと痛みをともなう思い出を受けとめて、新しい人生を歩みはじめる2人をてらす朝の光。
絵本の可能性をきりひらく作品で、世界から注目を集めるシドニー・スミスが、自らの子ども時代の体験を3年がかりで描いた、心ゆさぶる絵本。
何度も何度も読み返して、シドニー・スミスにとってこの作品がどのような位置にあるのかを考えました。
「ねえ、おぼえてる?」と言いつつ、自らの記憶を掘り起こしていく作品です。
父親との別れは、どういったことだったのでしょう。
母親と二人、ベッドの中で思い出すのは父親も含めた楽しい時間です。
父親から渡されたくまのぬいぐるみとともに、母親と少年はビルだらけの街に引っ越してきました。
そして新しい生活の夜を過ごし、朝を迎えるのです。
この朝の気持ちを忘れていないから、二人は思い出とともに生きてきたのでしょう。
映画のラストシーンのような、野辺を歩く母親と少年の姿に、また読み返さずにいられない絵本です。
別れはあっても、これからを生きようと前を向いた、そして生きてきた姿の描かれた絵本です。
完成までに長い歳月を要した作品だと語られています。
その歳月の間、シドニー・スミスは自分自身と向き合ってきたのでしょう。
心揺さぶられる作品です。 (ヒラP21さん 70代以上・その他の方 )
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