東京から車で約3時間、栃木県那須郡那珂川町の「えほんの丘」(「いわむらかずお絵本の丘美術館」と「えほんの丘農場」がある里山。雑木林や草地、田んぼ、ため池や小川などがあります)で創作活動をされている絵本作家いわむらかずおさん。ねずみの14匹家族を主人公にした「14ひきのシリーズ」は世界で累計850万部を超え、発売以来子どもたちに愛されつづけています。2010年10月に出版される、野うさぎの子どもの待望の新作シリーズ第一弾『ふうと はなと うし』について、お話をうかがってきました。
●自然のなかでの実体験
─── 今年(2010年)の夏は、こちらも暑かったですか?
ちょっと記憶にないくらい暑かったですねえ。栃木で暮らしていると、夜に暑いということはほとんどないんです。夕方5時くらいからすーっと涼しくなって、午後7時とか8時になったら窓をしめる。窓を開けたままで寝れば、真夏でも寝冷えをします。でも今年は夜に暑い日が何日も続いて、窓を開けて寝ちゃうという日が何日もありましたね(笑)。
冬もここ5、6年は雪があまり降らなくなりました。美術館をつくりはじめた15、6年前はけっこう降っていたんですけどね。風景がゲレンデみたいになってしまって、雪かきをしないと美術館へ来る方たちがたいへん!というくらい。ここは標高180メートルくらいで、そんなに高くないんですけれど。
─── 川のそばですものね。ここへうかがう途中、釣りをしている人もあちこちで見かけました。
美術館では子ども向けのイベントなどもされているんですか?
ええ。このあいだね、昆虫採集のイベントが土日にあったんですよ。講師は長谷川哲雄さん。宇都宮在住で図鑑の植物や昆虫の絵を描く画家として知られていますが、すぐそこの雑木林に、夜、みんなで行ってみようよということになったんです。
─── えっ、夜ですか?真っ暗ですよね…。
そうなんです。行ってみたら、それはそれは面白いんですよ。雑木林に入って100メートルくらいの間にいろんなことが見られるんです。クヌギの木やコナラの木に擬態をして止まっている虫たちがいる。葉っぱの裏をみると蝶々はさかさまになって寝ている。蛾は夜になると起きだしてくるけれど。そんなのが何匹もいる。長谷川さんはセミの羽化をもしかしたら見られるかもしれないよ、と言っていたんですが、ちゃんと見つかりましたよ。ツクツクボウシがちょうど殻から出てきたところと、すぐ脇にまだ出ていない幼虫のままのものが。夜8時すぎ頃だったかな。
─── 夜の雑木林、怖がる子どもはいませんでしたか?
子どもたちは怖がらないです。昆虫採集のイベントに来る子たちは好奇心旺盛だし、みんなすごいですよ(笑)。
雑木林に入ったところで、「みんなで懐中電灯消そうよ」と言ったんです。お父さんお母さんも子どももいます。それで、消したら、もう真っ暗闇。暗いなかでまだ話している子どもがいるから、話すのやめて静かにしてみたらどうかな、って。そしたら何か聞こえるかもしれないよって。しゃべるのをやめたら…あっ何か光ってる!っていうのを見つけたんですよ。いままでしゃべってて見つからなかったものが、「なにか光ってるよ、あそこに!」「なんだ?」「なんだ?」って。
尺取虫みたいなもので、ちゃんと足があって、光っている。それはマドホタルの幼虫だそうで、成虫は光らない、幼虫のあいだだけ光るそうです。そんな虫が地面の上にいるのを見つけたんですね。
自然のなかでの実体験は、どんなにインターネットが優れていようが、他のものにかえがたい体験です。子どもたちが雑木林の闇のなかでそんな虫を見つけたという体験は、一生消えないかもしれませんよね。
●出会いと発見の物語
小さな野うさぎの兄妹「ふう」と「はな」は、野原をかけだしました。
そこで出会ったのは、牛のおばさん。
ふたりは、そのおなかの中にあかちゃんがいることを知ります…。
─── はじめて出会う動物や昆虫は、子どもにとって魅力的でしょうね。新作『ふうと はなと うし』では、野うさぎの子どもの「ふう」と「はな」が、牛にはじめて出会います。
小さな子どもたちにとって、生きものとの出会いは、ほとんどが、初めての体験ですからね。なんでもない蝶々に出会っても、セミに出会っても、初対面。セミが鳴くとか、飛ぶとか、おしっこして逃げるとか。そういうことのすべてが驚きなんですよね。「ふうとはなの絵本」は、小さな野うさぎ二人が、そういういろんなことに出会って、感動して、何かを得る。自然の仕組みや、いのちの仕組みの、基本的なことを感じとるというモチーフです。
─── 「えほんの丘」でじっさいにされている生活や活動が、絵本のベースになっていますか?
ここで子どもたちとやっていることや、自分の子どもたち、孫たちとやったり感じたりしてきたことを絵本でもやってみようという試みはあります。絵本は、夜に森へいく実体験には、感動の大きさとかでいえば、それはかないません。でも絵本は絵本のなかでイメージを広げていけるという、とても大きな役割がありますからね。牛が出てくる絵本を読むのと、実際の牛と出会うのと、どちらが先かわかりませんけれど…牛と会ったときのイメージがふくらむというか。あるいは牛と出会ってから、絵本を読んで、ああそうだ、と共感するとかね。そういう実体験と絵本、両方をいったりきたりすることがすごく大事なんじゃないかと思っています。
─── ふうとはなが牛のおばさんと出会うシーンは、最初、足だけが見えて、鼻の先が見えて、次に顔が見えてきて…。牛の大きさがとても印象的ですよね。
ふうとはなはまだお母さんのおっぱいを飲んでいる野うさぎのあかちゃんなんですが、野うさぎのあかちゃんって、ほんとうに小さいですからね。私のにぎりこぶしよりも小さいくらい。ですから、地面に腹ばいになって、牛を見上げるようにしてスケッチしました。14匹のねずみの家族を主人公にした「14ひきのシリーズ」もそうですが、ねずみや野うさぎたち絵本の主人公の目の高さと、子どもたちの目の高さとは、重なっています。