●野うさぎとの出会い
─── 野原をかけまわったり、寄りそっていたり…とにかく小さなふたりを見ているだけで頬がゆるんできてしまいます。いわむらさんは実際に野うさぎのあかちゃんに出会ったことがあるんですか?
めったにあることじゃないんですが、栃木に移り住んできてから十数年のなかで何回かだけ、野うさぎのあかちゃんと出会ったことがあるんです。いずれの場合もあかちゃんだけでいるんですよ。
最初に見つけたときは雑木林のなかでキノコとりをしているとき。下を向いてキノコを探して歩いていて、「おっ」と何か踏みそうになって、慌てて足をあげて下を見たら、落ち葉のなかに野うさぎのあかちゃんがうずくまっていたんですね。すぐそばで見てるんだけど、動かない。目もほとんど動かない感じで、じーっとしていて。これは…お母さんがどこかにいるんじゃないかな、どこかで見てるんじゃないかなと、ちょっと離れたところに移動して、野うさぎのあかちゃんがいたあたりを「たしかあのあたりだ」とじーっと見ながら、お母さんが来るのを待ってたんだけど、来ないんですよねえ。それが最初の出会いでした。
2回目は、美術館ができてから。私が益子町の自宅にいたとき、お昼前くらいにスタッフから「野うさぎの子どもがいます」と電話があって。「おどかさないようにしてくれ!」「すぐ行くから。見たいから」と急いで家を出ました。美術館まで山道を1時間くらいかかるんです。美術館に着いたらお昼くらいになっていたんですけれど「まだいる」って。美術館の庭のヤマツツジの根元にいました。野うさぎのあかちゃんの色は、土の色に非常に近いのでちょっと草かげにもぐりこむとなかなか見えない。「なにを見てるんですか」って聞かれて「野うさぎのあかちゃんを見ているんだ」って「見ていいですか」って人が寄ってきて、「あそこです」と示しても、「えーっ?」とぜんぜんわかんない。そんなふうに草むらのなかでじーっとしていたら、見つからないですよ。夕方までそこにいたんです。ずーっと眠ってて。薄暗くなりかかったころに起きだしてきて、むこうへぴょん、ぴょん、とはねていって…。
そんな出会いがあって、いったいどうしてお母さんがそばにいないんだろうかと思って、いろいろ本を調べたんですよ。なかなか文献がなかったんですが、イギリス人の動物学者がいろんなうさぎの生態について書いた本が見つかりました。そのなかで、野うさぎは、お母さんとあかちゃんは生まれてすぐ別々に過ごす、授乳のときだけ出会うと書いてありました。どうやって出会うのかわからないですけど、母と子だけで出会いの場所とか時間とか約束ができているらしい(笑)。不思議ですよねえ。
その後も「えほんの丘農場」の草むらのなかで、草刈りしていたときに、農場主さんがそのときは二匹だったですけど、見つけたんですよね。いずれのときもお母さんがそばにいる様子はまったくなかったです。
「ふうとはな」の絵本のなかで、ふうとはなのお母さんが「だれかがきたら、くさのかげで、じっとしているんだよ」というシーンがあるんですが、じっさい野うさぎのあかちゃんがあれだけじっとしているのは、お母さんにいつも厳しく動くんじゃないよと言われているんじゃないかな、と思いますね。
─── 生き物たちの生態というのはユーモラスですね。危険から身を守るために、じっと身をひそめるんでしょうか。
野に生きる、とくに攻撃手段をもたない野うさぎとかリスとかそういう生きものたちは、必死になって、フリーズしたりして、自分の身を守るしか方法がないわけですよね。…リスもフリーズするんですよ。驚いたりなにかに警戒したときは、何かやってても、こう(ぴたっと動きを止める)。かわいいですよ(笑)。
益子町の自宅の庭にもリスが来るんですよ。あるとき、そんなに近づいていないつもりだったんだけどなぁ…フリーズしちゃって、40分待ったけど動かなかった。私ももうお昼だったからお腹すいちゃって…。そこにいるのはわかってるんだよ!って心の中でつぶやいて、とうとうこっちが根負けして、お昼を食べに帰っちゃったんですけど(笑)。
─── 40分フリーズするリス…想像するだけで可笑しいですね(笑)。絵本が1冊できてしまいそう。いわむらさんは動物をいままでたくさん描いてこられていますが、お話を伺っていると、作品のために動物を観察するというよりは、ただおもしろいから…?
そうですねえ、野生動物と出会うのはとても素敵な瞬間です。いのちといのちが出会う、仲間意識みたいなのが芽生えますよね。
私には5人子どもがいますが、そのなかで美術館の仕事をしてくれている娘がいるんですが、彼女が子どもを産んで孫が生まれたときに、「ああ、俺たちは、哺乳類なんだなあ」ってあらためて思ったんですよ(笑)。牛もうさぎも、そして人間も哺乳類。
『ふうと はなと うし』のなかで、ふうとはなが牛のおばさんに出会って、「おっぱい、ある!」と発見するシーンがあるんですが、ここは言葉をしばらく考えて「おっぱい、ある!」にしたんです。自分のお母さんにもおっぱいあるけど、「あ、うしにもおっぱいある」って見つけるところから、最後、牛のおなかによっかかって寝るという安心感につながっていくんですね。