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ヒロシマの託児所で保母さんをしていた宇根さん。 1945年8月6日、被爆して水を求める人に、「すぐ持ってきてあげる」と約束したのに、 それを守ることはできませんでした。戦後10年が過ぎ…。
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広島原爆に関わるエピソードの一つ。
託児所で保母さんをしていた宇根さんが、原爆の投下されたあと見当たらぬ子どもたちを探して歩いた広島の街で目にしたのはまさに地獄でした。
そして、その街で水を欲しがる人たちの願いをかなえてあげられなかったことを、ずっと心の中に負い目として抱えていました。
戦後10年、思わず近い場所に滝を見つけ、宇根さんは原爆慰霊碑に献水することを自分の生活にしたのです。
大きなことのように思えなくても、それが50年以上続けるということはとてもまねができることではありません。
平和を考えるとき、この継続の重さの中で自分たちは何ができるか、そんなことを考えさせられました。 (ヒラP21さん 50代・パパ 男の子14歳)
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