学校帰り、ぼくが橋の上で川の水を見ていると、いつのまにかおじさんが隣に立っていた。何十年も脱いだことのなさそうな雪柄のセーターを着ているそのおじさんは、ぼくに聞く。
「川が好き?」
別に好きなわけでもないし、ただここにいるだけ。そう言いながらも、本当は、今ここから川へとびこんだらどうなるだろうって考えていた。そしたら……。その時、おじさんはぼくの方を見て、不思議なことを教えてくれたんだ。
「耳をぎゅうっとふさいでごらん」
すると、きみだけの湖が見えると言う。その水は暗い地底の水路をとおって、きみのもとへやってくる。そしてその水がきみのからだをめぐるんだ、と。
多くの反響を呼んだ絵本『くまとやまねこ』から14年。湯本香樹実さんと酒井駒子さんのコンビによって、ふたたび誕生した「いのちの物語」。男の子が体験したショッキングな出来事。そこにうずくまって前に進めなくなっていた彼を救ったのは、どんな光景だったのか。自分をとりまく世界と、自分の内側に存在する世界。そのつながりを、優しくシンプルだけれど、とても具体的な言葉、そして黒を基調としながらも深みを感じる絵によって表現し、読者の心をしっかりと力強く包みこんでくれるのです。
今の自分に、そしてかつての自分にも。さらに世界中の子どもたちの心の中に。この湖の存在が伝わっていきますように。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
学校帰り、ぼくはひとりで川の水を見ていた。そこに雪柄のセーターのおじさんがあらわれて、ふしぎなことをおしえてくれた……名作『くまとやまねこ』の夢のコンビで贈る、いのちの物語。
湯本香樹実さんが文を書いて、酒井駒子さんが絵をつける。
そんな二人がつくった名作絵本といえば、『くまとやまねこ』。
海外でも高い評価を得た絵本をつくった二人が2022年9月、新しい絵本を出した。
それが『橋の上で』。
前作もそうだが、この作品も声高でなく、静かに生きる意味をみつめている。
イジメや誤解で川に飛び込んでしまいたくなった少年が橋の上にいる。
そこにやってきた、ひとりのおじさん。
けっして身ぎれいでないおじさんだが、まるで少年の心の闇を見透かすように、こういう。
「耳をぎゅうっとふさいでごらん。」
そうしたら、自分だけの湖の水の音が聞こえてくるよ。
「人は自分だけの湖を持っている」と、かつて自身もいいいじめにあって、居場所がないとまで思いつめた経験がるという、湯本さんは新聞のインタビューに応えている。
その湖は生きる泉で、自分を静かにのぞきこむ時間があると、なんとか新しい朝を迎えられた。
「そうやって、私も今日まで生きてきたんです」、湯本さんの言葉はなんて重いのだろう。
新聞の記事には、「歩き出す勇気をくれるもの、それは自分の中にあるんだよ。そう伝えたい」と続いている。
誰にだって、自身の闇が押し寄せてくる時があるものだ。
若い時にあるし、熟年になってもある。
そんな「橋の上」に立った時、この絵本が伝えようとしたことを思い出せたらいい。
耳をぎゅうっとしたら聞こえてくるのは、自分のいのちの音だ。 (夏の雨さん 60代・パパ )
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