両親のしごとの都合で、川のほとりのおばあちゃんの家にあずけられた9歳の女の子。 そこへ京劇(中国の伝統的なお芝居)の花形役者が、新聞記者を避け、公演期間の2か月間、ひっそり仮住まいすることになりました。 名優であるヨウおじさんの一日は、明け方から太極拳のような所作で発声練習をしたり、習字をしたり花を活けたり、夕方になると引き車で出かけていったり。 女の子にはものめずらしいことばかり。おじさんが家にいるときは、そばにいて、くっついて歩きます。
あっという間に二週間が過ぎたその日、ヨウおじさんが劇場のチケットをくれました。 夕ご飯をはやばやとすませて、胸をときめかせながら劇場にかけつけた女の子が見たものは・・・ ヨウおじさんが酒に酔った楊貴妃に扮したお芝居(「貴妃酔酒」)や、将軍夫人になって敵をやっつけるお話(「抗金兵」)、天女になって花をまきちらす姿(「天女散花」)。 お化粧でびっくりするほど美しい女性に変わったヨウおじさんに目を奪われた、夢のような一夜ーー。
しかし翌日、ヨウおじさんは女の子の家からいなくなってしまいました。 戦争の足音がこの街にももう迫っていたのです。 おじさんが去ってまもなく、日本軍の空爆がはじまりました。 役者が滞在したおばあちゃんの誇りの家も捨て、女の子はヨウおじさんがお別れのときにくれた髪かざりをもって防空壕の中へ逃げます・・・。
このお話は、作者のお母さん(1927年生まれ)から聞いた話が元になっているそうです。 南京の町はずれに流れる川のほとりで、9歳の女の子が体験した、1937年という時間。 この戦争と、その後の文化大革命の影響で、京劇の文化はほとんどきえてしまいました。 作者はこのお話を書こうと決めてから京劇の資料を集めるのにとっても苦労をしたそうです。 京劇の舞台場面(観音開きになっています)はすばらしく、中国文化に興味がある方にはまさに一見の価値あり。 鉛筆の線と控えめな水彩で描かれた絵本の美しさは、日本のものとはまた違う、別の文化を感じさせられるものです。
出版社はだいたい国営企業、フリーの絵本作家はほぼいないという現在の中国。 作者の情熱と「日・中・韓平和絵本」プロジェクトの後押しにより完成した本書は、「絵本にはこんなことができるのだ」ということを教えてくれます。 時代のなかでうしなわれてしまった、人々が京劇を見つめ舞台に酔う時間を、この絵本のなかでは、感じることができるのです。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
1937年、日本軍が迫る南京の少女の家に泊まった京劇役者の美しい声と姿は、町の人を魅了した。そして、少女に京劇の鮮烈な想い出と美しい髪飾りを残して去って行った。戦時中の南京の町と人びとを鮮やかに描く絵本。
戦争が迫ってくる南京の町で演じられた最後の京劇。芸能が戦争に押しつぶされていく際に、とても素晴らしい輝きを見ました。
日本は攻める側です。
日本は決して被害者でなかった事に胸が傷みます。
事実認識を忘れてはいけないと思いました。 (ヒラP21さん 60代・その他の方 )
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