波止場とナイフ…。
嘗ての日活映画のシチュエーションは、戦争時代に生まれた内田さん、黒井さんの青春時代の背景でしょう。
社会は心荒むような時代だった。
誰かを殺すために走った岸壁。
憎しみであり、自分の美学があった…(それはあまりに自分勝手ではあったけれど)。
その時聞こえたのは汽笛であり、その時心を射たのは灯台の回転する光だったのでしょう。
そして心に響いたのは幼いころに亡くした母親の声。
「殺さないで、殺さないで…」
いつもどこかで自分を見守ってくれ、支えてくれた母の幻。
内田さんのストレートな自分自身の吐露。
とてもドラマチックで、内田さんの生い立ちまで響いて来るのですが、この絵本は黒井さんの絵を通してもっと大きなメッセージになっています。
子どもには少し判りにくい、若い親にもやっぱり判りにくいお話かもしれないけれど、港も向こうで光る灯台の灯りにきらめいた海面の幻想的な世界は、自分の心の隙間を埋めてくれるような気がします。
心には闇もあって、道を失いかけたときにはこの絵本のような灯台が誰にもあるのだと思うと、手にしたナイフは不要になります。