あしたはいい日

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あしたはいい日さんの声

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なかなかよいと思う 秋の夜はテレビを消して  投稿日:2002/09/10
なく虫ずかん
なく虫ずかん 作: 大野 正男
絵: 松岡 達英

出版社: 福音館書店
子ども時代を過ごした家は、畑の中に点在する民家のうちのひとつでした。木造の平屋建てで、東向きの小さな台所には北側に向かって開くドアがついていて、そのドアの手前は畳半分ほどもない狭いタタキになっていました。

秋の夜。
一日の家事を終えて、茶の間で、静かに家に持ち帰った残業をしている母。たまにソロバンをはじく音とカルテをめくる音が聞こえてきます。わたしは……布団にはいって読書していたり。予習や復習に追われて、居眠りこきながら机に向かっていたり。父? 父は10時にはもう寝入っているひとでした。
しーん。
窓の向こうからはエンマコオロギをはじめ、マダラスズ、ミツカドコオロギ、クビキリギリス、…エトセトラ、エトセトラ、それはもう数え切れないくらいたくさんの種類の虫たちの声が、遠く近く、波打つように聞こえていました。そう、まるで寄せては返す波みたいに、その歌声は楽しく陽気に、ときにしんみりと涼やかに、夜の時間を演出していたのです。

「ヒィロリロリロリ〜ヨ」
静寂を打ち破る突然の一声!
…一瞬ドキリとしますが、次の瞬間にはぷっと吹き出しているわたしたち。
台所のタタキで、エンマコオロギが鳴いているのでした。田舎の小さな古い木造家屋でしたから、隙間だらけ。ドアの下から、コオロギなどでしたら簡単に出入りができてしまうのでした。
「いいよ、放っとこう」
隣の茶の間から母の声がします。

「ヒィロリロリロリ〜ヨォウ…」
まるで土間に響き渡るおのれの鳴き声に酔いしれているかのように、エンマコオロギどのは一定の間をおいて鳴きつづけます。
ゴキブリとは違って、半飼い状態でも何も悪さはしないし。たまに畳の部屋にまで現れては、なぜか両手にウチワを持った母と捕り物劇を繰り広げることになったりもするけれど、なんのかんの、かわいいやつであることには変わりないのでした。

しかし、こうしてたくさんの種類の虫の声を聞いて育ちながらも、自分でも恥ずかしくなるくらい、声を聞いて種類を答えることができないのです。それに、今住まっているこの辺りではあのアオマツムシどもが超音波まがいの絶叫をし、幅をきかせているために、よほどの耳の持ち主でないと彼ら以外の虫たちの声を聞き取ることも難しい。困ったなあ、これじゃあせっかくの秋の夜が半分も楽しめないじゃない……。そんなときに出会ったのがこの「なく虫ずかん」でした。

虫の絵を担当する人。鳴き声を、イメージそのままにデザインした文字で描く人。聞こえる声を楽譜に表そうとする人。虫たちについての解説文を綴る人。…この4人のスタッフの優れた耳とアイディアと、虫たちをいとおしむ心とが結集して、この本ができあがりました。
グラフィックで表した音だけの見開きページのあとには、その音の正体(声の主)が、同じく見開きで明かされます。
登場する虫たちは、住んでいる場所(その声が聞かれる場所)ごとに分類されているので、わたしたちは「鳴き声」と「場所」という二つのヒントによって声の主を調べることができます。

この本では「コロコロコロリー」と表記されているエンマコオロギも、わたしなどの耳には「ヒィロリロリロリー」と聞こえる…といったように、擬声語というのは聞く人それぞれが違うものをもっていると思います。つまりが、こうして本に表記されている擬声語は当てにならないと言えないこともないのですが、はっきりとそれと判別できなくても、耳を澄ます手がかりには十分です。耳を澄ますいいきっかけになります。
そして、巻末に紹介されている、鳴き声を表した楽譜によって、ある程度その虫の正体を絞ることが可能になると思います。

懸命にいのちの歌を響かせる秋の虫たち。今あなたの耳を楽しませてくれている者たちの名前を知り、姿を知りたいと思うことが、彼らと仲良くなる第一歩ではないでしょうか。しかと正体がわからなくても、テレビを消して、耳を澄ませ、聞こう聞こうとする心、彼らに近づきたい、仲良くしたいと思う心をもつことそのものが大切なのではないでしょうか。
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自信を持っておすすめしたい 雨に濡れそぼる 水色の服着た少女  投稿日:2002/09/03
青い花
青い花 作: 安房 直子
絵: 南塚 直子

出版社: 岩崎書店
アジサイの花が大好きです。
わたしは秋も近い夏の終わりの生まれ。梅雨の季節には特に思い入れがあるわけでもないし、むしろうっとうしい季節はきらいです。・・・・だのに、どうしてだか、もうずっと昔から、アジサイの花だけにはこだわりがありました。好きな花はと聞かれれば、迷うことなくこの花の名前を挙げるし、学生時代のいちばんの思い出の写真は、学内で友人が撮ってくれた、アジサイがずーっと咲き続く土手の前での、テキストを抱えたワンショットです。そして、花言葉が「移り気」であるにもかかわらず、結婚式の披露宴でのお色直しの水色のドレスには、アジサイの透かし模様が入っていたのでした。

どうしてそんなに好きになってしまったのか。
雨のしずくをたくさん載せて、時折り、するっ、ぽとん・・・と花びらから、そして美しい黄緑色の葉からこぼれ落ちる水音、その風情には、だれの目をもひきつける、なんとも言えぬ魅力があることは確かでしょう。

走り梅雨とでも言えそうな雨の日が続くある日、図書館から、もうだいぶ久しぶりにこの「青い花」を借りてきました。
このお話は、わたしにとって、「子どもの頃にお引越しして別れたきり、たまに思い出しては気にしつつ、もうずいぶん会わずにいて、すっかりおとなになってから、思わぬところで再会した友だち」 みたいなものなのでした。
ストーリーだけは鮮明に覚えているのに、お話のタイトルも、作者も、すっかり忘れてしまっていて思い出せなかったのです。それがとてももどかしくて。

小学校の2年生のとき毎月講読していた雑誌の別冊に「読み物特集号」というのがあって、それに載っていたのが初めての出会いでした。
傘作りの質素で勤勉な若者。
雨にぬれそぼってたたずむ、水色の服を着た女の子。
女の子の傘を作るため、ふたりが一緒に訪れたデパートの生地売り場のあふれる色彩。
その中から女の子が選んだ青い布。
・・・いい傘が作れたと満足する若者。
殺到する「青い傘」の注文。町にあふれる青い花の群れのような傘の波。
一躍お金持ちになり、腕前にもいっそうの自信をもつようになってしまった若者。
修繕をし、ものをいとおしむ心をどこかに忘れてしまった彼におとずれる寂寥と後悔。
降りしきる雨の中、忘れてしまった大切なものに気づいた若者が、水色の服を着たあの女の子だと思って駆け寄ってみると、それは・・・

あれからもう何年も経ち、我が子とともに図書館を訪れる年齢になって、ちょっと大きい子が読むコーナーにあった安房直子さんの童話集を手にしたとき、期せずしてこの旧友に再会することになったのでした。あーっ、と、ため息とともに懐かしさがこみあげて、抱きしめたいほど興奮してしまったのを覚えています。ほんとに、このお話が人間の形をしていたならば、お互いにひしと抱き合っていたことでしょう。

そのあと、独立した絵本としても刊行されているのを知りました。おなじみ、南塚直子さんとのコンビによるものです。やさしいやさしいパステル画。わたしが小2のときに読んだものには、白黒の簡単な挿絵だけしかなかったのですけれど、この絵本の最後のページ、最後のシーンを開いたとき・・・はっと、わかったのです。
どうしてずっとアジサイにこだわり続けていたのか。どうしてこれほどまで心奪われる花となっているのか。
南塚直子さんは、あのときのわたしがおとなになっても忘れず抱きつづけていたイメージどおりの絵を、描いてくださっていたのです。
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自信を持っておすすめしたい 幸福な夜の記憶  投稿日:2002/09/03
パパが宇宙をみせてくれた
パパが宇宙をみせてくれた 作: ウルフ・スタルク
絵: エヴァ・エリクソン
訳: 菱木 晃子

出版社: BL出版
「おじいちゃんの口笛」「おねえちゃんは天使」などなど、スタルクにはおすすめの作品がたくさんあります。自伝的な作品のうちのひとつ「パパが・・・」は、秋から冬にかけて読むのにぴったりの一冊。そして、わたしのお気に入りの絵本の中でも、常に上位にデンと位置しています。どうしてそんなに惹かれたのかというと、これ、娘とわたしそのものを描いているみたいだったからなのです。自分が娘からどう見られているかに気づかされて、恥ずかしくもおかしく、・・・もちろん娘にも大ウケ。(もっとも、ムスメがウケたのは、わたしとは違ったお下品な部分のようでしたけれどね)

これは作者スタルクの少年時代の思い出を描いたお話です。
ウルフのパパは、息子に、美しくすばらしい星空、広がる宇宙を見せてあげようと一生懸命に考えて、晩秋の寒々とした夜の野原に連れ出します。でも、ウルフときたら、そのへんの草花や水溜りやカタツムリ・・・そんなものばりに目が行ってしまい、感心している始末。で、パパだけが「おお〜、ほうらすばらしい星空だろう、あれが〇〇座、向こうに見えるのが△△座・・・」と、感激にひたって興奮し、熱心に指し示すのでした。

ウルフはというと、あんまり星空を見てどうのと思うわけではないんだけれど、パパをないがしろにしては悪いだろうと思って、うん、うん、って調子を合わせるんです。
自分の熱心さとは反対にムスコがそういう状態だというのに気づかぬパパ、そのうち、トドメ・・・何かフンづけた! あはは〜、フンイキだいなし〜。

親はいつも子どものためにああしてやろうこうしてやろうと一生懸命なんだけれど、すべて思惑通りにはいかないものなんですよね。
もっとも、子どもとしては、このムスコのように、まったく違った発見をしたりして、親と一緒に過ごしたなんだかほんわかとしたしあわせな時間の記憶とともに、それなりにいい思い出として心に深く残るようなのですけども・・・ふふふ。

はたこうしろうやアンナ・ヘグルンドが絵をつけることの多いスタルクですが、今回のエヴァ・エリクソンの色鉛筆による絵もとてもよいです。夕暮れから夜にかけて移りゆく空の色、街の色、そして小さないのちの描写が特に!
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自信を持っておすすめしたい 「おつきさん ありがとう」  投稿日:2002/09/03
14ひきのおつきみ
14ひきのおつきみ 作・絵: いわむら かずお
出版社: 童心社
お月見を題材にした絵本はたくさんあれど、この「14ひきのおつきみ」は、飛び抜けて秀逸です。
「14ひき」というのは、ねずみの大家族。父母、祖父母、プラス10匹のきょうだいねずみたちという構成です。
「14ひきのあきまつり」「・・・ピクニック」「・・・あさごはん」「・・・こもりうた」などなど、いわむらかずお氏はほかにも「14ひき」のシリーズをたくさん描いていますが、どれもみなねずみの大家族をとおして、自然の恵み、家族のきずな等々、忘れ去られようとしている「よいもの」を思い出させてくれます。
また、ねずみの低い視点から見た自然をダイナミックな構成で描いているのも圧巻です。
実際に、これらの絵本に描かれているような自然の懐に抱かれて暮らしていらっしゃるといういわむら氏ですが、氏の聞こえている葉擦れの音、風の感触、夕焼けの赤さが、そのまま伝わってくるような文章も、非常に調子よくて心地よいです。まるで詩を読んでいるみたいなのです。
見開きページいっぱいにたっぷりと描かれた自然を味わいながら、声を出して読んでいると、こころが穏やかにおさまってゆき、自然の恵み、うつくしさに、14ひきといっしょに思わず感謝のことばを言いたくなってきてしまうのです。
「おつきさん ありがとう、たくさんの みのりを ありがとう、やさしい ひかりを ありがとう」

夕暮れから月の出まで、刻々と変わってゆく空の色、森の色・・・・どのページもため息がでるほどのうつくしさと安らぎに満ちています。かくし絵であるかのように、各ページにさりげなく描かれている小さな鳥や虫たちを探すのも、子どもたちにとってはこの本を味わうときの楽しみであるようです。
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自信を持っておすすめしたい メイン州の小島で過ごす、すばらしい時間  投稿日:2002/09/03
すばらしいとき
すばらしいとき 文・絵: ロバート・マックロスキー
訳: わたなべ しげお

出版社: 福音館書店
アメリカ、メイン州の小島を舞台にしたお話です。
この「すばらしいとき」は、同じマックロスキーの「かもさんおとおり」や「海べのあさ」などのように単色によるこまごまとした描き方ではなくて、絵の具を使って、自然の美しさと威厳を色鮮やかにダイナミックに描いています。

語られるのは、一家が島で過ごす春から夏。まず、冒頭の導入の6ページがすごい!
はるか彼方で生まれた雲が、ふくれあがりながらゆっくり島に近づいてきて、その雲の落とす影と雨の気配が本土から次第に島に近づき、ついに島の端っこに立って一部始終を眺めていた子どもたちの上にも雨粒が落ちてくるまでを描写していますが、ここだけを読んでも、すでにこの絵本がどのくらいの力強さを蓄えているのか察せられます。心臓がドキドキしてしまうくらいの力量があるのです。筆致にも、そして父親のような優しい語り口にも。

どのページからも聞こえてくるさまざまな音。水の音、風の音、鳥たちの声、植物が育つささやきと歌声、子どもたちの歓声。漂ってくる潮の香り。自然の懐に抱かれて五感をフルに使って豊かに過ごす日々。おごることなく従順に自然を見つめて暮らすうちに感覚はいよいよとぎすまされ、自然のご機嫌の変わるときも見極められるようになるのです。
それだけではありません。自然相手の心豊かな日々は、人々のつながり、家族の結束力も強めてくれるのです。心配など何もない、取り囲むものすべてに守られた環境の中で思い切り跳ね回って過ごした時間・・・だれにでもあったであろうそんな日々をゆったりと思い出させてくれる、きらめく懐かしさが宿る一冊です。
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自信を持っておすすめしたい おやすみなさいは見守る月に思いを馳せて  投稿日:2002/08/31
おつきさまはきっと
おつきさまはきっと 作: ケイト・バンクス
絵: ゲオルグ・ハレンスレーベン
訳: さくま ゆみこ

出版社: 講談社
月の光に照らされ、静かに見守られながら眠りにつく。…そんなテーマの絵本に出会うと、心の奥深いところから静かな安らぎが生まれてきます。不思議です。

生きとし生けるものすべてを平等に照らし、あらゆる夜の営みを知り尽くしている月。今、女の子は子ども部屋にいて、そんな月の光を浴びながら、おやすみなさいのときをそっと待っています。
人形に語りかけては、「今ごろ、お月さまはきっと…」と月に思いを馳せる。
部屋の明かりがパチッとついて、お父さんがやって来たときも。
そして、お父さんのあったかい膝で絵本を読んでもらいながら。

こうして、女の子の居る部屋と、果てしなくどこまでも夜を照らす月とは、交互に描かれてゆきます。
「今ごろ、お月さまはきっと…」
林の小さな生きものたちを、明かりの灯った小さな窓のひとつひとつを、野原の焚き火を、きっときっと月は見守っている。眺めている絵本のお話の世界にまで女の子の心は静かに運ばれてゆきます。そこでも、月は穏やかに見つめている。広い砂漠で体を休めるお話の登場人物たちを…。

まさにマティスとゴーギャンを合わせたようなタッチで描かれる絵。それは心地よい厚みがあり、色合いのあたたかさ、豊かさは、月に思いを馳せるたびに静かな安堵の思いに包まれてゆく女の子の、次第に満ち足りてゆく心に重なってゆきます。
そして、お母さんがあごまでかけてくれる、ふかふかのお布団。あったかいお布団。…ほうら、安堵は心地よい重みとなって、やさしく、女の子のまぶたを閉じさせてしまう…。

ドイツ生まれでパリ在住のハレンスレーベンが描くこの絵本、今までに出会った中でも飛び抜けて上等な、センスある「おやすみなさいの本」と言えるように思います。簡潔な訳文にも、絵とともに読み手の声も心も穏やかにしてくれる、奥ゆかしい魅力があります。
お月さまは見ている。見守っている。きっと今頃、あなたのことも…。子どもたちはきっと、この女の子といっしょに、次第にやさしくその体重をかけてくる睡魔に心も体も預けてしまい、あなたの読む声の安らぎという魔法に静かにかかってゆくことでしょう。
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自信を持っておすすめしたい 夏の午後の世界一周旅行  投稿日:2002/08/30
コーラルの海
コーラルの海 作: サイモン・パトック
絵: スティーブン・ランバート
訳: かけがわやすこ

出版社: 小峰書店
とても暑い日の午後。
庭に出してあるビニールプールの水は、お日様ととっても仲良し。ちいさなさざ波をつくりながらいたずらっぽく笑っています。きらきらとまぶしく輝いて、「ねっ、泳ご!」と誘っているかのようです。
さっそく飛び込んだ少女コーラル。うーん、いい気持ち! そして、ぽっかり水面に突き出した自分のお膝に目をやれば、それは大きな海に浮かぶ島のよう。…眺めているうちに、あらっ、心は世界一周の旅の扉をたたいていた…!

夏らしく涼しげで美しい色使いで繰り広げられる、コーラルの海の旅。小さなビニールプールで遊ぶ子どもたちの中には、だれの心にも、こんな広い広い海がひろがっているに違いないのでしょうね。想像力ひとつあれば、他には遊び道具なんてなぁんにも要らない。無邪気な少女の元気いっぱい豊かな午後を、あんまり楽しく描いているので、このでっかく成長してしまったいいトシしたオトナも、も一度きらきらささやくビニールプールでのんびり遊んでみたいもんだとさえ思ってしまったほどです。(赤面)
そんなですから、素直に子どもたちの共感を呼ぶんじゃないかなと思っています。
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自信を持っておすすめしたい 帽子の破れ目から出て行ってしまった夏  投稿日:2002/08/30
むぎわらぼうし
むぎわらぼうし 作: 竹下 文子
絵: いせひでこ

出版社: 講談社
9月。日中は相変わらず気温が上がって暑さが続きます。でも、風の感じ、空の色、庭の表情…どこかしら、夏休みの頃とは違っている気がします。日差しにしたって、盛夏のそれと比べたら、いくぶん衰えているような。

町をゆけば、すれ違う人の中に長袖を装った姿がちらほら見えて。だけど、楽しくて大好きだった夏が移ろいゆくことなんて考えたくなくて…大切な思い出の数々もが、いっしょにどこか遠くへ去ってしまうような感じがするのを否定したくって、まだまだ半袖のシャツに手をとおし、夏じゅうどこへ行くにもかぶっていった、お日様の匂いをたくさん吸い込んだ麦わら帽子に手を伸ばしてしまうの。

絵本の扉を開けると、空に向かって、あるいは去りゆこうと裾をひるがえす夏の精に向かってか、長く伸びた腕のような枝をゆうらゆうらと振りつづける秋口のサルスベリが印象的なのです。
そして、波打ち際にそうっとしゃがんで、繰り返し寄せては引いてゆく波に映る太陽の光を、目を細めながら眺めつづけていた小さい頃の自分に会えるのがなつかしい。…聞こえてくるよ、あの夏の日の波の音。

破れたつばの縫い目から出て行ってしまった夏。麦わら帽子のひなたの匂いは、楽しかった夏のひとこまひとこまを、何から何まで思い出させてくれます。心地よくいい匂い。だけどせつない匂い。
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自信を持っておすすめしたい 無限のストーリーに満ちた空  投稿日:2002/08/25
雲のてんらん会
雲のてんらん会 作・絵: いせひでこ
出版社: 講談社
空は物語に満ちています。雲たちはさまざまな表情をつくり、毎日、刻々とストーリーを作り変えています。おかしなことに、おなじ雲の描く物語でも、見るわたしたちの心持ち加減によって、さまざまな展開に読めてきます。悲しい気分の時には雲もこちらの気持ちを察してくれているかのようになぐさめのまなざしに見え、弾む気分の時には、雄大に、とびきり元気に見えてきたり・・・。

作者・いせひでこさんの心模様にぴたっと重なった瞬間を、いせさんというフィルターを通してよみがえらせた空が、ここにはあります。付された端的な一文からは、心情をありのまま吐露してみたり、あるいは昇華させてみたりという、いせさんご自身のストーリーが見えてきます。でも、きっと、あなたご自身のストーリーにもぴたっと合う空も見つかるはず。
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自信を持っておすすめしたい 1000の音色に想いを重ねて  投稿日:2002/07/24
1000の風1000のチェロ
1000の風1000のチェロ 作・絵: いせひでこ
出版社: 偕成社
主人公の少年は、遠く離れた神戸で起こった震災をテレビでしか知りません。彼は愛犬「グレイ」を亡くしています。ある日、彼が通うチェロ教室に、神戸で被災した少女が入ってきました。彼女は避難生活の中、「動物まで面倒見られない」という現実に直面し、泣く泣く飼っていた小鳥を空に放した経験を持っていました。そして今でもそのことが彼女の心を苦しめています。「あれでよかったのかなって、今でも考える」。そして、もう一人。二人が「1000人チェロ」の練習会場で出会ったおじいさんがいます。震災で自分の楽器を失ったこのおじいさんが弾いているのは、同じく震災で命を落とした音楽仲間の形見のチェロなのでした。

1998年11月、神戸の大ホール。「阪神淡路大震災復興支援1000人のチェロ・コンサート」。こうして、震災を知っている者は心からの鎮魂の意をこめて、少年のように震災を知らない者は自らの喪失体験を思い起こし重ね合わせて、1000人が奏でる1000の風。
1000人集まれば、1000の物語がある。1000の意味とこだわりがある。心に抱きつつ神戸に集結するその1000の想いが、一人の指揮者のもとで一つの音楽となり、風になって神戸の街を翔けぬける。そして、それはきっと誰かに届く。「新しい明日」に、きっと届く。…人間の姿に、声に、いちばん近いと感じられる楽器、チェロ。それを抱いて奏でる音楽は、自分の分身の歌声…。ひとりひとりが抱く想いは違っても、ひとつの風となったその音色は、限りなくやさしいものであったといいます。

「描いてしまうと忘れてしまうものだから、忘れてはいけない風景は描いてはいけないものなのかもしれない」
震災から5年。コンサートから2年。そんな思いを抱きつつ、ずっと描けなかった風景を、忘れてはいけない風景があることを、いせひでこさんはとうとう絵本にされたのでした。震災当時、一枚も描けなかった神戸の街の場面には写真を用い、あとはやさしくて柔らかくて美しい、光があふれるような色彩と流れるようなタッチの水彩画で描かれています。チェロを弾く人々の姿も、うっとりするほど美しい…。

ただ記録として書きつけ、画像として残すだけでは、いつかはその事実だけが記憶に残るだけで、「たいへんだったんだよ」という声は「あ、そう…」と忘れられてしまうもの。神戸で悲惨な状況にあっても、その足で大阪に向かってみれば、輝くネオン街、にぎやかに通り過ぎる晴れ晴れとした顔の人々…と異次元の世界に入り込んだようであったというあのとき。
けれど、いせひでこさんの凄いところは、震災という悲惨な出来事を、「喪失体験の共有」によって、他人事ではなく、読む人に実感させて記憶にとどめ、語り継がせる絵本に仕上げているところなのだと思うのです。
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