一人海に潜って、海の主ともいえるクエの前で死んだもぐり漁師の父。
息子の太一を一流の漁師に育てて、静かに死んでいった与吉爺さ。
そして、中学を卒業すると漁師になるために与吉爺さに弟子入りした太一。
3人の海の男はそれぞれに海に向かい合う。
漁は男のロマンなのだろうか。
太一が海に潜って、父と向かい合っただろう海の主のクエと対峙するところが、とてもスリリングだが、太一の選択のみごとさがこのお話に、とても意味深さをもたらしている。
太一はクエに自分の父を見たのだ。
「海のいのち」というタイトルに込められたシンボリックなシーン。
何故だか、太一は父の命を乗り越えたのだと感じた。
立松和平の文章が繊細で、幻想的で、生き生きと海と男たちの生き様、葛藤、海に魅せられた恍惚感を表現している。
海の中のシーン描写、与吉爺さの臨終の描写などはうっとりするような象徴性に満ちている。
素晴らしいヒット作だと思う。
この物語に唯一女性が登場する場面がある。
太一の海に向かう姿勢に、不安をもつ母親の言葉である。
男たちにとっての海は、女には危険がいっぱいで理解できないものなのかもしれない。
でも…。
伊勢英子さんの絵は、明らかに男の視線でこの物語を描いている。
海に潜った太一と海のシンフォニックな描写、海のきらめき、そして海の生き物たちの交響…。
なんと感性的な描き方なのだろう。
思わずうっとりしてしまった。
泳げない伊勢さんが体当たりで、海に潜って得たものを絵の素材にしたのだろうか。
見ても読んでも飽きない逸品だと思う。