
ある日、茨海(ばらうみ)という野原に出かけた「私」は、お昼どきに喉が乾いて水を探しはじめます。すると……小川のようなものは見つからない代わりに、遠くの方から学校のベルの音や、子どもらのがやがや言う声が聞こえてきたのです。
面白そうに思えて、そちらの方角へ走って行ったところ、草を結んだ罠のようなものに足を引っ掛けてどたっと倒れてしまいます。立ち上がって走りはじめたら、また、ばったり。するとどっという笑い声と囃し立てる声がして、見ると、チョッキや半ズボンを着たたくさんの狐の子らがこっちを見ながら笑っているのでした……。
宮沢賢治の文に、現代絵本作家が絵を描く「ミキハウスの宮沢賢治の絵本」シリーズ。本書は『おふろやさん』(福音館書店)や『がたごとがたごと』(文・内田麟太郎、童心社)などで人気の西村繁男さんが絵を描いた作品です。
迷い込んでしまった狐小学校の校内や、狩猟術・食品科学などの授業風景に、どことなくユーモラスな空気が漂います。「私」は校長室でミルクティーをいただき、罠をしかけた狐の子が呼ばれるのですが……。そのうつむく表情を見つめていると、本当に秘密の小学校をこっそりのぞいているような気持ちになります。
“狐小学校があるといってもそれはみんな私の頭の中にあったと云うので決して嘘ではないのです。嘘ではない証拠にはちゃんと私がそれを云っているのです。もしみなさんがこれを聞いてその通り考えれば狐小学校はまたあなたにもあるのです”
授業中、空に白い雲が湧き、風は吹いてきて、葉の壁がところどころ揺れる……。そんな狐小学校のことを、読んだ子はきっとリアルに心に思い描くことでしょう。 文字数が多いですが、西村繁男さんの絵は優しく愉快で、しみじみと味わい深い絵本です。小学校中学年以上のひとり読み、または親子で一緒に読むのもおすすめです。
(大和田佳世 絵本ナビライター)

茨海(ばらうみ)という名前の野原に出かけたとき、思いもかけず狐の小学校の授業を参観することになった、だなんて信じてくれますか? いや、これは本当のことです。 生徒たちや先生、その授業内容、これらは人間の私からすれば時にユーモラスで時に皮肉のこもった、しかも現実的でなかなかに程度の高い面白い授業だったのです。 いや、疑ってはいけません。このお話を読んでくださればわかります。 あなたもぜひ、参観してみてください。

いい学校なんです。私も行ってみたい!
キツネの先生方がとってもオシャレでかっこいいんですよね。校長先生は麻の詰襟、先生方はフロックコートやモーニング(しかも白!)を着ていて、賢治の時代、先生が尊敬に値する知的な職業であったことが伺えます。
どの先生の授業も知性と実践がきちんとかみ合う素晴らしいもので、私もこれは参観したいなと思いました。キツネ小学校の先生のように、知性や品性を保ち、生徒にもリスペクトされるような職業であれば、現代の人間も先生になりたい人、たくさん居そうだな。
一番考えさせられたのは、白モーニングの先生の「修身と護身」の授業でした。別々に教えると結果がよくないから、一緒に行うというのです。
キツネにとっての護身はワナを逃れる方法。その授業の導入に「最高の偽(うそ)は正直なり」という格言が説かれるのです。え、どういうこと?と私も引き込まれます。先生うまいな、と感心しました。
この格言はまた「正直は最良の方便なり」とも言い換えられると先生は言います。人間が、一番キツネのかかりやすいワナは、いかにも罠だと分かる昔からのキツネの罠だと言っていると先生は続けて教えます。ワナに気を付けなさいと教えるだけでなく、なんと哲学的な思考時間を与える授業なんだろうとこのクリエイティブな授業展開がとても面白いと感じました。
野山を歩きつくしながら頭の中にイマジネーションと知性が交錯して広がる賢治の世界が、かわいらしく不思議でよく考えるとちょっと怖い奥深い独特の童話となって表現される。彼のキャリアの中に教職があったこともまた、この世界を面白くするエッセンスとなっているのだろうと思いました。
大切なことはいつも動物に語らせる宮沢賢治の作品、存分に楽しめるお話です。 (カオリンゴカモシレナイさん 40代・ママ 男の子10歳、男の子4歳)
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